断食丹足合宿の構想について①「断食の目的」


来年1月7日、8日に一泊二日で行う断食合宿について、初めてのことですから少し説明をしていきます。まず今日は「断食」について。


断食合宿というと皆さん、何を思い浮かべますか。多分あれだと思うんです。ごはん中にはあまり聴かない方がいいと思うあれ、そう「宿便」です。断食合宿に行けばドバっと真っ黒い宿便が出るのでは、そんな期待をする人も多いと思います。

一方そういう参加者目線ではなくて、主催者目線で考えた時には違う目的もありえます。例えばそれは「精神修養」であったりします。非日常の空腹状態が生み出す精神状態とはいかなるものか。それを参加者に体験してもらい、各々の自己発見に役立てて欲しい、そういう主催者も居ると思います。

じゃあ我々丹足普及協会が、今回の断食合宿で狙う意図はどこにあるかと言えば、それは「宿便」でも「精神修養」でもない、というのが実は本音です。そんな大げさなものを今回は狙う訳ではありません。

現実的に、一泊二日という短い期間で、しかも二日目の夕方にはおかゆも食べようと考えていますから、実質わずか一日半の軽い断食で宿便を求めたり、ましてや精神修養を求めるのは無理がああります。別に宿便が出なくとも、高度な精神修養を積まなくとも今回はいいと思っています。


今回の断食で私が考えている目的は、シンプルに「おなかを鳴らすこと」です。参加者たちのそこかしこのおなかから「グウ~」という音がなっていけばいいなと思っています。それだけで充分に貴重な経験になります。

なぜそんなことを目的とするか。それは皆さんの多くが「おなかが鳴る」ことに対して「羞恥心」を感じているから。さらには「恐怖心」さえ抱く人もいるから。


わごいちで食事指導をするなかで、例えば「朝ごはんを抜いたら?」と提案すると、「仕事中におなかがグウってなるのが恥ずかしいからできない」そんなことを言う人が意外に沢山います。何も恥ずかしくはないんです。暴飲暴食をしないで、節度ある食事をしているから、ご飯の前にグウ~っとなるだけで、むしろこれは今風に言うとクールでかっこいいことなんです。

どうにも最近の日本人は(とりわけ高齢者は)、おなかが鳴ることを恥ずかしがり過ぎる傾向を感じます。別におなかが鳴ったからと言って「ああこの子は貧乏で食事ができないんだな」なんて誰も思わないんだから、食糧難の戦後じゃないんだから。グーグー鳴らしときゃあいいんです。


さらに悪いのは、おなかがグウ~ってなると「ああ、栄養不足になっちゃう。早く食べなきゃ。」って焦る人です。そんな簡単に栄養は不足しませんけどね。

旅先でたまたまお昼ご飯を食べる店が全然見つからない時に、ものすごく焦る人もいます。別に昼ご飯が2,3時間遅れても、全然大丈夫なのにね。

どうにもこうにも空腹への羞恥心や恐怖心みたいなものに縛られている人が多いように思います。「朝ご飯抜いたら?」と言われるだけで目を剥くように反抗する人も居ます。別にそんなこと大したことじゃあないんです。私と一緒にやってみれば分かります。

一人では難しい人も、私が側に居ると全然違うと思います。前向きに断食を楽しめるはずです。だから私も一緒の一泊二日の断食を企画したのです。






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実際に空腹というものは良いものです。


これは一昨日、お客さんからいただいたカワハギを刺身と鍋でいただいたんですが、この日はこの食事一食だけでした。朝食はいつも通り抜き、昼食も忙しくて抜き、夕方に頂いたんです。空腹で迎えたこのカワハギがどれほど美味しかったことか。。。。。

やはり空腹に勝る調味料はないと実感します。




「宿便」とか「精神修養」とかそういうものはひとまず今回は求めなくていいでしょう。

ただ単純に「空腹」を体感しましょう。空腹ならではおなかの軽さ、体の軽さというものを経験できればいいなと思います。

もちろん人によっては、ちょっとふらっとしたり体の力が入りにくいような感覚を味わうこともあるかもしれません。しかしそういう感覚もまた体験してみないことにはわからない貴重な経験です。まずやってみる。そして自分の体の変化を感じてみる。そういう一泊二日になればと思います。

そうしたら、最後のお粥はめちゃくちゃおいしいですよ。





次回はいよいよメインディッシュ、「空腹+丹足=???」についてです。










◇当面の予定
・2018年1月7~8日 丹足断食合宿@生駒山麓公園

◇入会・体験等の問い合わせ先は→こちらから









三宅弘晃

丹足普及協会・千照館 
代表理事兼師範



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by wagoichi | 2017-11-30 01:59 | 行事