夢は大きく果てしなく


理事長という者はフカフカソファーに体を沈めて、右手にブランデー左手に葉巻、そういうものだと思っていた。何をおっしゃいますやら!だ。銀行に税務署に文具店に電気屋に花屋にケーキ屋にはんこ屋に・・・と、文字通り東奔西走の毎日である。最近の私は理事長という名のパシリである。

ただ・・それも悪くない、と思う自分が居る。


「一般社団法人設立すごいですね。おめでとうございます。」と祝福を受ける度、「ああ有難いな」と思う。しかし内心で「ここまでは別に何もすごくないよ」とも思う。その筋の先生にお願いすれば、誰でも一般社団法人は作ることができる。指名手配中とかでなければ、誰でも理事長になることができるのです。偉くもなんともないのです。

話はここからだと思う。本当に偉いかどうかは、組織や役職ではなく、「これから何をするか、為し上げるか。」に掛かっていると私は思う。


別に信じてくれとは言わないが、私は千利休を見据えている。茶の湯の「道」を作った千利休を見据えて千照館を作り運営している。

今でこそ日本各地、あるいは海外までも「茶道」は浸透している。「茶道って茶碗を2回まわして飲むんでしょ」というような知識は子供でさえ聞きかじっている。表千家、裏千家、武者小路家で一体どれだけの社中さんが居る事だろう。

しかしその茶道でさえも、初めからこの日本にあった訳では無い。大陸から伝わり、日本ならではの様式に変化しながら徐々に浸透し、時の権力者の庇護を受けた千利休が「道」にまとめ上げたと聞く。その後、利休の孫たちが三家を創始し、茶道は世に広がりながら今に伝わる。

千利休が「道」を作ったのである。

考えてみれば、我々が「日本文化は素晴らしいでしょう」と海外の人たちに胸を張って言えるのは、千利休のような先人の遺産のお陰であるし、見ようによっては我々は先人の偉業の背中にのって暮しているようなものだとも言える。伝えることはできる。しかし道を拓くことはなかなかできない。



私は、たまたま「肚揉」(はらもみ)と「丹足」(たんそく)という二つの大きな発見をした。どちらも今の世の中に必要とされているものであり、同時に後世に遺しておくべきものだと私は思う。多くの人にもそう言われてきた。

「ならばのこすしかないではないか。」

「のこすならちゃんと伝わる形を作っておかねばならないのではないか。」

そう思って「肚揉」を徒弟制度で伝える「わごいち」と、「丹足」を道場制度で伝える「千照館」を作った。


繰返しになるが、一般社団法人(非営利型)など、単なる法律上の人格でしかない。国の制度が変われば無くなってしまう儚き存在である。私が今東奔西走しているのは、この桜のような儚い法人組織を精一杯愛でているようなものかもしれない。これはこれで楽しいが、10年、20年ずっと楽しむことがきるかどうか。

一方の「丹足道」は千年先を見据えている。千年後に「丹足はおなかと内ももで踏むのよね。」と日本中の人が当たり前のように丹足を語る日を想像し、創始者である私は千利休を見据えている。



この果てしなき夢に向かう私の周りには、同じく本気でこの道を信じる人が集まりつつある。まだまだこれからそういう人が集まってくる。

創始者が現れ、続く人たちが集い、「道」になっていく。道は守るだけでは廃れていく。道はたゆまず創っていかなければ文化は衰退する。

目先の法人の為だけに私は走り回っているわけではない。その先の「道」を作る為に走っている。そう思うと使いっぱしりもまた楽しく思うのが不思議な、そんな日々である。





写真は昨日の父の日に、妻と娘が買って来てくれた「境港の天然クロマグロの頭」である。

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この画用紙サイズのホットプレートに乗りきらないお頭にどんなメッセージを込めたのか・・・・・それは聞いていない。

(明日は段級試験と設立式、そしてちょっと面白い懇親会について書きます。)





【協会連絡事項】

・WEB担当者募集の件
募集していたWEB担当者、「ブランクあるので勉強しながらやります。」という人が2名手を挙げてくれました。理想的には、あとプロ級のベテランが居てくれると、チームとしては万全です。そこまででなくとも「少しかじった程度ですが。。。」という人があと1,2名出てくれると、皆で相談しながら手分けして徐々にホームページを作っていくこともできるかと話しています。

関心ある人は、千照館メアドまで連絡ください。









三宅弘晃

080.gif今日の丹練
・三番叟四股200丹
・四股100丹
・木刀200丹

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by wagoichi | 2017-06-19 13:39 | 人生