照千一隅への道のり

マジョリティの危機




とある方に会いに行った。

今、丹足を世に出そうという検討を重ねている。修得しやすいわりに、癒し効果が絶大で、しかもコミュニケーションの助けにもなる丹足は、孤立化が進み、様々な病に悩まされる現代社会への大きな助けになるのではないか。そう考えてのことだ。

NPOという形もいいかもしれない。もとより丹足で稼ごうなどという考えはない。丹足の技術がちゃんとした質を保って人々に伝わり、適切に活用されることが私の願いなのだから、非営利団体の枠組みでやっていくのには違和感がない。

さて、そうなると色々と調べないといけない。

NPOってどういうものだろうか。どうやって作ってどうやって運用すればいいのだろか。またNPO以外のやり方もあるのだろうか。実際にNPOで社会貢献活動をしている人の実感とはどんなもんだろうか。

今はネットである程度の情報は調べることができる。また「NPOもいいが、一般社団法人という形もいいですよ」とそういうことを教えてくれる人もいて、リサーチは進む。ある程度進んだところで、その道のプロの人に相談しようということで、伝手を頼って相談にのってもらうことにした。

その方は社会福祉事業に携わられて40年ほど、NPO法人や一般社団法人を3つ運営されている。ちなみにNPO等には実体の怪しい団体もあるようだが、この方はそういう類の人では全くなく、主に身障者と災害被災者への支援活動をずっとされている。

「こんな人も居るんだな」

というのが私の第一印象であった。

実際お話をしてみて、私はいかに自分が社会の一部しか知らないかを痛感した。


義務教育をそこそこの成績で通過し、親のすねをかじって大学までやらせてもらい、一部上場企業に入社して4年働き、脱サラして「先生」と言われる仕事を15年。飢えるほど貧乏した経験はないし、大きな病気も経験していない。家族や友人にも恵まれているし、家も大きくも小さくもない普通の大きさである。

そんな人生を歩んできた私が属するのは、いわゆる中流階級とも呼ばれたり、勝ち組と言う人も居るかもしれない世界である。日本社会で一番メジャーな層に属していると言っていい。

この方の向き合う人たちは、いわゆるマイノリティと言うべき人たちだそうだ。マイノリティといっても身障者や被災者だけではない。薬物やアルコール中毒者、ギャンブル依存症者、同性愛者や性同一性障碍者、生活保護を受けている人たち、精神病患者など様々な人たちとの付き合いがあるという。

その方が言うには、マイノリティの人たちは、全然違うタイプであっても同じところにあつまる傾向があるのだそうだ。考えるに、マジョリティに入れない、あるいは入りたくない人達の居場所が今の狭い日本では限られているのかもしれないし、もしくはマジョリティの圧力が強すぎて、とにかく助け合わないと立ち行かないのかもしれない。

ともあれ私が会いに行った方は、そういうマイノリティの人たちが集まる場を確保し、国やマジョリティからの支援を集め、それぞれの自立を支援する活動を40年続けられている。

「これまで出会ったことのないような人が色々いるから面白いよ。はじめは大変だけどね。」

と笑う。

「でもマイノリティといっても、東大卒も京大卒も阪大卒もいっぱいいるよ。精神を病んでこっちに入ってくるんだけど、初めはプライドが高くて大変よ。だんだん受け入れるけどね。」

とまたまた笑う。この人強いなと見惚れた。

私の話を聞いてもらった。

私はマイノリティの助けをするつもりではないんだ。マイノリティの人たちも大変だけれども、実はマジョリティも危ういんだ。マジョリティも自分達の生活の維持に必死すぎて、社会全体のことを考えて暮らす人が少ないように思う。まず自分ありき。余裕があれば人のことを助けてあげる。そんなスタンスで自分のことばかり第一にする人間は、結局自分を殺していくことになる。そのことに気付いていないだ。そしてそういうマジョリティの風潮が、結局マイノリティの暮らしに毒をまき散らしていることもあると思うんだ。未来ある子供を病ませていくことも実際にあるんだ。

一気にそういう話をしたところ、「ありますね」と私の目をじっと見て応えられた。

「ああ、この人は気付いているんだ。全部知っているんだ。」と、その一言で私は理解した。



私は以前、身近な人や千照館の門人さんたちに「善良人のエゴ」という話をしたことがある。

「私は毎日真面目に働いて暮らしています。誰にも迷惑をかけるようなことはしていません。他の人よりも善良に暮らしているつもりです。まだこれ以上何かしないといけないのですか。」

私が「自分のことばかりではなく、もっと社会を助けに行こうよ」と言ったときに、そういう答えを言う人が何人もいた。私はそれを「善良人のエゴ」と感じた。

頑張って働いて、ある程度の水準の暮らしを手に入れた人たちが、あとはその水準の維持だけを考えて暮らす。ある程度の獲物がいる縄張りに属すライオンが、他の飢えているライオンの存在を知りながら、自分の縄張りを守ることだけに必死なのと何が違うのか。

私が言う「善良人のエゴ」とは、そういう意味だ。

「善良人のエゴ」は、知らぬ間に弱者を追い詰めている。それだけじゃなく、自分自身の心を病ませる。そして未来を潰す。そこに気付いているマジョリティがどれだけいるか、行動するマジョリティがどれだけいるか、今の日本は、いや世界は「善良人のエゴ」を問われているんじゃないかと思う。

この方はすでにそれを知っていたから、私の話を容易に理解してくれた。


ちなみに私がマイノリティではなく、マジョリティを救おうとするにはもう一つ理由がある。

マイノリティの人たちは確かに困っていることが多いが、その分だけ助けも数多く入ってくる。ボランティアも集まりやすいし、寄付金も集まりやすい。地震の被災地を見ればそれがよくわかる。ある意味わかりやすい面がある。

だから継続性などの問題もあるとは思うが、マイノリティに対する支援意識が高い人もまだまだ世の中には沢山いる。


しかしマジョリティはそうではない。極度に生活に極度に困窮しているわけではないし、あからさまな身体的不自由があるわけではない。一見、助けの必要性など感じさせない人たちが大部分である。

しかし、例えばお金はあっても、食事がレトルト食品や菓子パンばかりでじわじわと病気の種を育てているマジョリティはいないか。そういう食生活で成長して心身を病んでいくこどもはいないか。今は一見平気でも、10年後に治らない病気になる可能性がどれだけあるか。そういう分かりにくい危機をはらんでいるマジョリティに対する関心も、心配も、知恵もほとんど無いように思える。本人も周りも気付きにくいだけで、そこに危機は確実にあるのに。


私はそこに何らかの警鐘を鳴らす人間がもっと必要なのではと考えている。「おなか元気ばなし」講演会もその一環だった、誰も手を付けないからこそ、しなくてはいけないと思う。少なくともマジョリティが無自覚に無関心に未来を毒していることだけでも伝えたい。考え合いたい。

「でも危機が見えないから、お金も人も集まりにくいだろうと覚悟はしてるんですけどね。」と言うと、「そうでしょうね」とその方は静かにうなずいた。それでも色々と知恵を出してくださった。


何をしたらいいのか、まだ全貌は見えない。

今はしっかりと考えを練る時期。

最終的には動きながら考えていくしかないだろう。


人のハラも難しいが、人の社会もまた難しい。












三宅弘晃

emoticon-0179-headbang.gif今日の丹練
・階段四股100丹
・四股200丹
・かちあげ四股200丹


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# by wagoichi | 2017-03-21 17:28 | 世界



ようやく癌解説2つ目完了。3つ目が・・・3つ目が大変なんだよ。テーマは決まっているが、どう伝えたらいいのか。。。。ああぁぁ
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