照千一隅への道のり

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その7.はじめの一歩


桜井寛先生の指導は色々な意味でユニークだった。


こういう世界では技術を隠そうとするのが常であるが、桜井先生は隠そうという感性がおありでない。

初めて先生の「丹力セミナー」に参加した時、先生の教えっぷりに感服した。初対面であっても全て見せるのである。全て教えようとするのである。簡単にマスターできるような代物では決してないのに、簡単にできそうに見せてしまう。

案の定、その場に居たセミナー参加2回目の鍼灸師の先生が、「前回教えをうけてから、うちの女性スタッフの内臓を揉みましたら下血したのですが、何がまずかったのでしょうか?」なんて質問をしていた。

「たった1回習っただけでお腹を揉めると考えるあんたの感覚がまずい。」と私なんかは言ってやりたかったが、桜井先生は、そんな質問にも丁寧にアドバイスされる。だからか先生はよく勘違いされる。

丹力が簡単でないことは、当のご本人が一番知っている。でもそんな先生の真意を見抜く人はいなかった。




一方で桜井先生の接客はちょっと不器用だった。

「腰痛で・・・」という人に、一通りの治療をした後の帰り際にアドバイスされる。「これから毎日四つん這いで暮しなさい」。

「は????」っという顔になる。部屋の中でずっと四つん這い。犬のように四つん這い。隣の部屋に行くのも四つん這い。トイレに行くのも四つん這いですか???と。

怪訝な顔をして帰る患者さんを私は見送った。理由はあるのです。すごく示唆に富んだアドバイスなのです。でもそれを噛み砕いて説明してあげないと、患者さんは理解できないのです。とはさすがに憚られて先生に言えなかった。先生の真意を理解するのは甚だ難しい。

だからだろうか、技術は凄いのに先生の治療室は暇だった。



そんな先生のもとで、4ヶ月間みっちりと指導を受けた。毎日4~5時間ほど受けた。マンツーマンだったし実質的には徒弟のような指導であったが、私はちゃんと教授料をお支払いして技術を学ばせてもらった。ちなみに後にも先にも私が整体の指導を受けたのは、この時の桜井寛先生ただ一人である。(整体学校は何も学ばず中退している。)

先にも書いたが出し惜しみの無い先生であった。延々と続く反復練習には指もバンバンに腫れ上がったが(それでも練習は続いたが)、全てを見せて下さり、全てを伝えようとして下さった。ただ数ヶ月でモノになるようなものでは到底なく、先生の元を去ってからも数年、先生の教えを追究することになった。


桜井先生もそんな私を認めて下さったのか、「僕が死んだ時の為にこれを渡しておく」と弟子でもない私に丹力資料を色々下さった。桜井先生の手ほどきを受けた人間は沢山いるはずなのだが、どうも私以上にみっちりと腰を据えて学んだ人間はいないようだ。なぜだろうか。

勿体つけたり自分を大きく見せようとしない先生のお人柄が、人をして先生の力量を軽んじさせるのかもしれない。もしそうならば、なんと勿体ないことだろうと思う。当時も今も、桜井先生ほどの技術を持った治療師は滅多にいないのに、「見せ方」が上手い先生の所に人は惹きつけられてしまう。



桜井寛先生の所での修行が終わってまもなく、先生が東京に移動されることになり、「あとをよろしく」と託された。


まさかの開業である。







つづく









三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-22 14:03 | 人生

道を拓く

こんな日がくるなんてなあ。


明朝、初めての3部制に挑戦する。

奥座敷:通常通りのわごいちの施術(参尽)
大広間:千照館の丹足体験会(紙鳶)
想念の間:直伝!丹足集中セミナー(弘晃)

これらが同時進行で行われる。同じ空間で3人の先生がそれぞれの仕事をする。数年前には考えられなかった事だ。



数年前と言えば、参尽が恐る恐るハラもみを始めた頃。そして病人の紙鳶がやってきたころ。半人前の参尽と病人の紙鳶が、5年でそれぞれ1人前となり、私の代役を担うようになってきた。どれだけの人がこの今を予想していただろう。

丹足を広げるリーダー養成する「直伝!丹足集中セミナー」に12名の申し込みがあった。まだ増えるだろう。力強い第一歩になってくれればと願う。



妻が「あなた、周りのご家族に変わり者と思われているみたいよ。」と教えてくれた。「まだまだ俺も中途半端と言うこと。」と応えると「そういうことね。」と笑った。妻も私にストップをかけることはとうに諦めてくれている。

ずっと変わり者として歩いてきた。しかし閉塞社会を打ち破ってきたのは、いつの時代も変わり者だったことを歴史は物語っている。



道を拓いてきた。誰もが躊躇するハラに挑み、腸セラピーの火付け人となった。自身は「ハラ揉み」という古くて新しい世界を作り出した。足圧という癒し技を「丹足」という自己改造メソッドに進化させた。発想が私のハラに次々と湧いてくる。

「変わり者」と言われようが、その変わり者の先生に救われたと喜んでくれる人が大勢いる事実は揺るがない。救われたから私も誰かを救いたいという人が現れ出すのは止まらない。私の拓いた道が段々と広げられていく。



「先生が何を求めているのがわからない」と不安がる人もいる。明確なロードマップがないと行動できない人たち。「いやいや、私だってロードマップなんか持っていないんだよ。」

ロードマップがないから、私は道を拓いているんじゃないか。道を拓くという事は、先に何があるかわからないという事だ。一歩一歩が試行錯誤。自分の直感を信じて進むだけ。

わからないのが魅力なのだよ。



私が約束できることは、三角形の先端になることだけだ。常に先頭を歩むという事だけだ。先が見えない暗闇でも、未知のジャングルでも、私は道を作り出す。

実際にこれから飛び出す世界は深淵にして広大だ。だから拓く価値がある。私は私の直感を頼りに進む。



私に何かを感じ、自分を信じる人は、三角形の前の方で頑張りましょう。不安な人は後のほうからついて来ましょう。痛い思いをしたくない人は楕円の世界に残りましょう。自分のポジションは自分で決めるもの。その責は自分で負うもの。


私のポジションは先端。
役割は道を拓くこと。







三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-19 11:33 | 世界

その6.生き甲斐の花びら


一生の仕事を見つけるというのは本当に難しい。


大学卒業後に(株)コマツに就職したが、一生の仕事とは思ってなかった。24歳になっていても本当に自分がしたいことが見えておらず、まだまだ考える時間が必要だった。会社には失礼なことであった。


そもそも一生の仕事とは何だろうか。

土方をしても、家庭教師をしても、パチンコ屋で働いても、居酒屋で店長をしても、大学で英語を勉強しても、世界中を旅しても、会社で働いても、一生の仕事は見つからなかった。

寿司職人、蕎麦職人、花火職人、和太鼓奏者、杜氏、神主、経営コンサルタント、治療家etc... いろいろな職業を検討してみたが、どれも決め手に欠けているように感じて一歩を踏み出すことが出来なかった。

もちろんこのまま会社に骨を埋めようと努力もしたが、どうしても出来なかった。なりたい自分の姿を先輩社員の中に見つけられなかった。

じゃあ自分は何になりたいのか、何をしたいのか、と問われても何も答えられない。無駄なこと考えずに働けよと、周りに言われる。これじゃあ学校と同じだ。このまま思考停止したほうがよっぽど楽だなあ、ああきっとこうやってみんな大人になっていくのだなあ。




こんな閉塞感を吹き飛ばしてくれたのが祖母キミだった。フィアンセの純子を紹介するためにキミを訪れた時、畑でキミがふと言った。

「百姓がワシの生き甲斐や。」

生き甲斐。生き甲斐。生き甲斐。。。

さりげなく、しかしビタッと私のハラの粘膜に「生き甲斐」という言葉がへばりついた。ちゃんと考えたことのない言葉だった。知っているようで知らない言葉だった。



生き甲斐とは何だろうか。

軽々に口にすることさえためらわれる、生き甲斐。会社員時代の私にはなく、畑で人生を重ねてきた祖母キミには明確にあったもの、生き甲斐。



キミは畑と共に生きてきた。嫁に先立たれた2人の子連れの祖父のもとに嫁ぎ、3人の子をなした。5人の子供を育てながら畑に生きてきた。祖父は商いをしていて家に帰らず、女手一つで畑を守ってきた。

力仕事は近所の男衆に頼まねばならず、色々と苦労をした。祖父の商いも波瀾万丈だったという。そんな中で畑と家庭を守ってきた。決して自分で選んだ人生ではない。地縁のしがらみの中での一所懸命な人生だった。

そして亡くなる半年前に私に「百姓がワシの生き甲斐や」と聞かせてくれた。

会社で生き甲斐という言葉は一度も聞かなかった。今まで出会った大人からも聞かなかった。魂のこもった「生き甲斐」を伝えてくれたのはキミが初めてだった。





このまま会社員をしていても私の人生に生き甲斐を見つけることはできないと感じた。半年後、死の床についていたキミに別れを告げた帰り道、妻に「整体をやる」と告げた。

考えても考えても生き甲斐がわからない。考えるだけでは永遠に行き着かない。行動しながら探し求めるしかない。一生かけても見つかる保証はない。それでも私は生き甲斐を求めて、整体の道を歩もうと決意した。











つづく





(おまけ)

最近なぜか不思議なことがよく起こる。

今朝いつもの丹練をしながらキミを想っていたら、「そうか、生き甲斐の正体はこれか!」と閃いた。畑で聞いて20年も経って、ようやく合点がいった出来損ないの孫。

その時である。

いち枚の桜の花びらが、はらりと足元に落ちてきた。難波神社の桜の名残であろうが、ビルの8階である。風もなく、他に花びらは無い。

キミばあちゃんが来てくれたのかもしれない。

花びらをしばらく見つめてから噛みしめた。




生き甲斐が、ようやくハラに収まった気がするよ。







三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-18 15:12 | 職人

その5.3Kの目

1年間の浪人生活を経て大学に入学した時、世はバブル経済のピークを迎えつつあった。

私が垣間見たバブルとは、借金して3000万円で買った家が3年後に5000万円で売れるという時代。金利も含めて4000万返済しても、3年タダで済んでしかも1000万円手に入るという時代。不思議な時代だった。

そんなバブルの時代によく耳にしたのが「3K」という言葉。「きたない」「きつい」「きけん」の頭を取って3K。バブルでブイブイいわしていたホワイトカラーの人間が、ブルーカラーの人間を見下す時にもよく使われたように記憶している。



当時の私は必死だった。自分はそれまで親と学校の枠内で暮し、個として社会と一切向き合って来なかった。自分で何かを考え、自分の責任で行動するような人生を送ってこなかった。あまりに社会を知らなさすぎる。

それに気づいてからは、このままでは社会でちゃんと生きていけなくなる、ただ単に社会的保護者が学校から会社に変わるだけで、自分自身の人生を送ることはできない、と焦りさえ感じた。

大学時代にはバイトを色々やった。バブルらしい華やかなバイトではなく、いわゆる3Kという仕事ばかりを選んでやった。3K仕事を通してバブル社会の奥底を見ようとしたんだと思う。



面白かったのは日雇いの土方仕事だった。朝7時くらいに広場に行く。事前の面接も申し込みも何もない。ただそこに行く。そこには200人くらいの労働者たちが居た。若者も年寄りも、日本人も外国人も、多様な人達が集まっていた。

しばらくするとワゴン車が10数台やってきて、「ここは8人」「こっちは6人」とか言うと、皆が適当に車に分散して乗り込む。人数が揃うと出発。時には人があぶれて、つかみ合いの喧嘩になった。

無事に車に乗り込むと、運転手が車内で行き先と仕事内容を伝える。目的地に着いたら現場監督が居て、その指示に従って黙々と一日肉体労働をする。時間が来たら再び同じ車に乗って広場に帰り、プレハブ小屋の前に並んで日当9千円をもらって家路に着く。



私はこの仕事が面白かった。誰に雇われるのかもわからない。どこに連れていかれるのかもわからない。互いのことは誰も知らない。仕事で怪我しても多分保障などない。極端に言えばそのままどこかに拉致されても誰にも知らされない。

でも感動があるのだ。一生懸命働いて、その報酬を手渡しで受け取るときの嬉しさ。「ああ、一日頑張って働いたなぁ。」という手応え。労働の原点を感じたのかもしれない。シンプルだからこそ伝わる感動と言うものがそこにあった。

帰りの電車で隣に座ったスーツ姿のサラリーマンが、汗とホコリにまみれた私の服に触れるのを露骨に嫌がった。心の中で思った。「誰のおかげで綺麗な道路を走れるんじゃ。」




パチンコのバイトもお気に入りだった。

結構な肉体労働だし、仕事上がりにおしぼりで顔を拭くとまっ黄色になった。タバコのヤニがこびり付いていたのだ。紛れもない3K仕事だった。

人が面白かった。店長は元ヤクザの用心棒をしていた人で、カラオケで酔っぱらって包丁を振り回していた時は怖かった。副店長はもと暴走族の特攻隊長でいつも無表情で怖かった。が、ごくたまに笑う時はとても愛嬌があった。社員もマルチ商法にはまっている人、いつもあいさつ代わりに背中をどついてくる人など変な人が色々いた。

「なんで俺ばっかりどつくんですか?」と訊いたら、「お前は頑丈やから壊れへんやろ」と言ったが、本当はその社員が気に入っているあみさんと言う女性が、私に良く話しかけてくるのが気に食わなかったのだ。それでもその人のことも私は好きだった。

職場は3Kだったかもしれないけれど、仕事仲間は自分を剥きだにして付き合ってくれたように思う。バイトをやめるとき、心のこもった送別会をしてもらったことは大事な思い出だ。決して社会的地位は高くなかったかもしれないが、自分が個として社会の中に立っていたように感じた。だからそれぞれがそれぞれにカッコよく見えた。




そんなバイトで稼いだ金はほとんど旅行に使った。貧乏旅行で、主にアジア各国を回った。中国、インドネシア、シンガポール、フィリピン、タイ、ベトナム・・・を回った。泊りは一泊500円くらいの最低レベルのドミトリー、食事は屋台で、数万円握りしめて金が尽きるまで滞在するという自由な旅をした。

しばらく滞在したフィリピンのエリミタ(マニラでも1番の犯罪地区と言われていた)では、ショットガンをもったおっさんたちの中を、懐にナイフを忍ばせて歩いた。安ホテルに帰ると毎晩30匹以上のゴキブリを潰してからシャワーを浴びた。



そんなアジア貧乏旅行から関西空港に降り立つと、いつも強烈な違和感があった。目が違うのだ。きらきらあるいはギラギラした目でまっずぐに見つめてくるアジアの人たちと、互いに目を合わさないようにしている日本の人たち。端的に言うと、生きている目だらけの世界から、死んでいる目だらけの世界に帰ってきたような感じがした。

唯一日本でそういう生きた目に出会えるのは、日雇いやパチンコなど3Kの仕事仲間だった。



なんなんだろう、この社会は。

我が世の春を謳歌するバブル日本の中でそんなことを思った。








社会勉強が過ぎて、大学卒業が1年延びた。









つづく








三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-17 18:26 | 人生

ONE?TWO?


熊本市長から礼状が届いた。


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熊本研修旅行の1週間後に震災が起き、皆さんから託された義援金を届けたのが去年の11月だった。

(当時の記事はこちら↓)


仕事の合間の夜行バス弾丸ツアーは体力的に厳しかったが、権藤君の助けも借りて、熊本城、益城町役場、そして竹熊先生のもとに義援金を届けることが出来た。

竹熊先生からもお礼の著書50冊が届き、今わごいちの玄関で新たな義援金に生まれ変わりつつある。また秋くらいに第2次義援金ツアーをしたい。



地震の直後、研修でお世話になった竹熊先生にお見舞いをしたいと思い、もし自分が先生なら何が一番元気づけられるだろうかと考えた。

義援金も嬉しいだろうが、やはり私が先生なら、落ちた瓦の修理よりも自分が学び得た知恵を少しでも多くの人に知って欲しいと考えるに違いない。だから「学んで支援」というメッセージと共に、先生から購入した50冊の著書を皆さんにお勧めし、代金を義援金に充てた。

単にお金のやり取りだけではもったいない。本を熊本と日本各地の間で循環させようという考えだった。今回のことをきっかけに多くの人が竹熊先生の知恵に触れることが出来たんじゃないかと思う。




世間には「ボランティアなんて偽善だ」という人も居ると聴いてびっくりする。そういう人は、ボランティアや支援活動を「お恵み」として捉えているのかもしれない。

例えばわごいちで整体をしているのは、慈善事業ではない。税法上は営利事業である。しかしだからと言って営利だけを求めて経営しているわけではない。人の助けになりたいという理念に基づいた経営をしている。

「営利と理念」。言い換えれば「自分の為と人の為」。どちらも否定はできない。どちらも常に存在する。どちらも存在し、なおかつ不可分の存在である。共にひっくるめて人の営みであり、わごいちの整体である。

だからこそ「和合一致」という屋号を冠している。



私は皆さんに声を掛けて熊本を助けに行った。それはつまるところ、私自身を助けに行ったのであり、義援金を託してくれた皆さんを助けに行ったのである。

行動を起こしたことで、私たちは随分と力をもらった。確かに繋がっているという感覚が、生きている手応えを与えてくれた。

人があるから自分がある。自分があるから人がある。人と自分は分けられるものじゃない。それを分けようとするから心身のバランスを崩して人は病気になる。

ここに気付いている人は意外に少ない。



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TWOは寂しいよ。







三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-14 17:26 | 日常

その4.自分の人生をはじめる


自分の人生をコントロールしているのは誰だろうか。


高校3年生に英語の偏差値を27から72まで上げたが、それでも大阪外国語大学の壁は厚かった。

親は受かっていた立命館大学にいけばと言ってくれたが、私は迷わず浪人生活を選んだ。学校からも親からも解放される狭間の一年が欲しかったんだと思う。

浪人時代は、受験勉強の代わりに社会勉強をしようと思った。高校時代に教育に関心を持った。親や学校は「勉強しなさい」の一点張りで、「なぜ勉強しないといけないのか」というそもそものテーマについて何のアドバイスもくれなかった。

「みんな勉強しているでしょ。」「いい会社に入ってちゃんと生活できるようにだよ。」と言われても、それは夢をあきらめた大人の念仏のように感じてしまった。

日本の教育はどこかおかしい。何がおかしいのか突き止めてそれを変えたいと思った。苦しんだ高校3年間のリベンジの様な気分もあったと思う。「盗んだバイクで走り出す~♪」尾崎豊を良く聴いた。

思い立ったら即行動、ということでまず家庭教師のバイトをすることにした。



井上君と言う男の子を教えた。受験勉強に熱が入らない井上君のことを、お母さんが悩んでいた。

私は井上君と話をすることから始めた。井上君が今したいことは何か。なぜ受験をするのか。将来の夢はあるのか。そんなことを話し合った。次第に井上君の中で将来の夢と今の勉強が繋がってきて、自ら勉強するようになった。

成績はぐんぐん伸びて、彼は志望校に合格した。井上君にもお母さんにも、まるで拝むかのように感謝してもらったが、私には当然の成り行きにしか思えなかった。



かなちゃんと言う女の子も教えた。

育ちの良いまじめな子だったが、疲れた顔をすることが多かったので聞いてみたら、私以外にも数学と世界史の家庭教師が来るのだという。週に5日、3人の家庭教師が来ていた。ちょっと詰め込みすぎじゃないかと意見した。そうしたら私はクビになった。

私がやめたところで、別の英語の家庭教師がつくのは目に見えていた。親には期待できない。かなちゃんがいつか、自分の人生を始めるきっかけになったのならいいなと今でも思っている。


つまるところ教育は子供の問題であると同時に、大人の問題でもあるのだ。そんなことを当時思ったが、25年経った今も状況は何も改善されていない。



浪人中にできるだけ世界のことを知りたいと思った。まず外国人の友達を作ろうと思った。大阪外大に入る前に、世界のことをちょっとでも知っておきたいと思った。

京都の「国際交流センター」には外国人が沢山出入りするとの情報を仕入れ、そこで友達を見つけよう(ナンパしよう)という作戦を立てた。

1人目の美人な女性には綺麗にスルーされたが、二人目の男性が快く相手をしてくれた。キースという名のユダヤ系のアメリカ人で、私より少し年上のとても感じのよい好青年だった。

キースは英会話学校で先生をしていることもあり、私の下手な英語にも上手に付き合ってくれた。定期的に遊びに行きったりご飯に行ったりして、いつもニコニコと色々なことを教えてくれた。まるでお兄さんが出来たように嬉しかった。彼はデューク大学に通っていて、その後シティバンクに就職した。

その後キースのいとこで、ブラウン大学に通っていたナンシーと言う女子大生が数か月ホームステイで我が家にやってきた。両親も予期せぬ展開にびっくりしていたけれども、可愛くて愛嬌のあるナンシーとの生活を思いのほか楽しんでくれた。

年齢は彼女の方が一つだけ上だったが、精神年齢は大人と子供のようにさえ感じた。よく日本文化や日米関係や環境問題などを話したが、いつも圧倒された。時には夜中まで話し込むこともあって、腰を据えて話し合うことの大事さを学んだ。

翌年にはアメリカに帰ったキースとナンシーを訪れて、両家にショートステイさせてもらった。キースの父は医師、ナンシーの父は弁護士で、マイ別荘でマイクルーザーでジェットスキーやウインドサーフィンを楽しみ、あちこち観光に連れて行ってもらい、まるでハリウッド映画の中にいるような日々を過ごした。アメリカの富裕層の暮らしを体験できたのは勉強になった。

ナンシーにボストンの街を案内してもらった時に、「すごく歴史を感じるでしょ」と言われて少し微妙な気分になった。京都や奈良が普通にある日本はやはりすごいなと、外に出て初めて思った。これは大阪外大に入ってからの話である。



浪人中の1年間は今でも忘れられない時間である。初めて得た自由の時間に、自分で考えて行動するという生き方を始めることができた。もちろん親の庇護の中ではあるが、それまでの管理教育を思うと大海に船をこぎ出した気分だった。


これは最近のナンシーのプレゼンテーション。



彼女と出会ったのは偶然だったのだろうか。







つづく。





三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-12 17:15 | 教育

新しい丹足の資格について


記念すべき第一歩になるだろう。


私自身、資格と言うものに関心は薄い。キャリアの始めに通った整体学校認定の資格さえももらっていない。きき酒師の資格だけはちょっと欲しいが・・・。

世の中には私のような人も居るが、そうでない人も居る。資格コレクターのような人もいれば、やはり資格があると安心、ひとつの目安になると言う人が圧倒的に多い。だから世の中には数えきれないほどの資格があるのだろう。


丹足を世に出そうと考えている。(なんの話?という人は昨日の記事を見られたし。)


丹足をできる人を育て、その人たちに世の中の人たちをどんどん丹足してもらおうという構想を抱いている。丹足を知る人が、そしてできる人がもっともっと増えればいいのに、と思っている。

その為には資格と言う「安心保障」も必要なのかもしれない。丹足はやはり人相手である。大事な人の体に触れるのであるから、なんらかの安全基準が必要なものだとも思う。

安心して人を丹足できる。安心して相手に身を任せてもらえる。丹足は本来、安全で効果がとても高い整体法だが、やはり知らない人にとっては安心を添えてあげる方がリラックスできて、より効果も高まることも期待できそうだ。

繰り返し言うが、私は丹足を世に出したいと考えている。丹足法を作ったのは私である。私が広めないと誰も他にする人が居ない。ちなみに私の名前は「弘晃」と言うが、これは「日の光を弘(ひろ)める」という意味にとれる。色々大変だろうがそれでも、丹足と言う日の光を弘めるのが私の役割の一つだと最近は考えるようになってきた。

私の安心保証がどれだけの信用になるのかわからないが、私で良ければ、丹足に興味を持ち、丹足を習得したいと思い、丹足を活かして人の為になりたいと願う人たちの背中を押したいと思う。「安心保障付きの丹足」が皆さんの努力目標の一つになればと思う。

「丹足トレーナー」および「丹足サポーター」という資格をつくった理由である。



技術的には、「丹足サポーター」→「丹足トレーナー初級」→「丹足トレーナー中級」→「丹足トレーナー上級」の順に難易度が上がる。

「丹足サポーター」の技術レベルは難しくない。私のメッセージを読んで「よし私も!」という意気込みがある人ならば誰でも取れるだろう。「直伝!丹足集中セミナー」を受講する人は、まず「丹足サポーター」資格をゲットして欲しい。できれば「丹足トレーナー」にも挑戦してほしい。


「資格は決して目的ではない。むしろ資格を取ってから、それをどう生かすかが大事である。」

ということを踏まえたうえで、まずは「直伝!丹足集中セミナー」から認定試験までを全力で駆け抜けて欲しい。初心者でも全然構わない。2,3回の参加でも全然構わない。気持ちが大事。行動が大事。

・・・・と書いていたら、


「当面は忙しくてボランティアを出来ないかもしれないけれども挑戦したい。」という趣旨のメールが来た。



気持ちと行動を私は愛する。

だから今回は直伝!なのである。




◇参加申し込み・問い合わせ先◇
sensyokan@onaka.main.jp (担当:井上)






三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-11 16:33 | 仕事

「直伝!丹足集中セミナー」をやります


人間にはやらなあかん時がある。やるべき時にやらんと2度と来ないもんがある。満身創痍でも、だからこそ挑む価値あるものがある。新しい挑戦を始めよう。


今年4月~6月の期間限定で、「直伝!丹足集中セミナー」(全10回)を開催する。

※「丹足」を知りたい人は、↓リンク記事へ。



以下概要を記す。


<日程>

4月15日(土) 午後17:30~
4月17日(月) 午後18:30~
4月20日(木) 午前10:00~
5月1日(月) 午後18:30~
5月7日(日) 午前10:00~
5月9日(火) 午前10:00~
5月15日(月) 午後18:30~
5月20日(土) 午後17:30~
6月5日(月) 午後18:30~
6月17日(土) 午後17:30~

※各1時間半。土曜日以外は千照館稽古と同時開催(部屋は別)。
※4/15、5/20、6/17のセミナー後に懇親会を予定しています。



<セミナー開催の目的>

・丹足という癒しの整体法を指導できるトレーナーを育成する。技能習熟者への資格授与を目指す。

・丹足を通した社会貢献活動(公共施設での丹足ワークショップ、イベントスペースでの丹足体験会、その他丹足ボランティア活動など)で指導や運営サポートをする為のスタッフを育てる。

・6月25日に下記資格の認定試験を行う。

◆丹足トレーナー◆
丹足練習会やワークショップなどで丹足を指導する人。丹足を理解し、かつ楽しく初心者に指導できる人。(経験と技量により初級・中級・上級の3種あり。)

◆丹足サポーター◆
トレーナーのサポート役として指導補助をする人。同時に裏方仕事などで縁の下の力持ちの役割を担う人



<参加資格>

丹足をいろいろな人に体感してもらいたい! 丹足を通して人を癒し、元気にし、喜びを分かち合えるイベントを作っていこう! そういう集まりを作っていこう! という気持ちを私と共有し一緒に頑張れる人。千照館門人でなくとも可。初心者も可。初心者もベテランもまとめて面倒見ます。



<申込期間>

本日より5月末まで(途中参加可)



<参加費>

1万円(参加できる範囲で参加ください。1回からでも可。何回参加しても1万円でOK!)



<指導>

三宅弘晃



<備考>

・体験会参加者の皆さん・・・すでに体験会に申し込まれた方で本セミナーに参加したい方は、末尾メールアドレスにご連絡の上、移ってください。
・門人の皆さん・・・本セミナーに参加したい人はこの期間限定で移ってきてください。
・それ以外の皆さん・・・今から新たに申し込みたい人も歓迎します。末尾メールアドレスよりお申し込みください。



以上。


これほど濃密な三宅弘晃直伝企画は最初で最後になります。丹足を世に出す大事なはじめの一歩だから、私も全力で行く覚悟です。

ひとまず6月の資格認定試験を目標に、栄えある第1期生となるべく全力で駆け抜けましょう。







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咲き出したら一気にいくのみ。




◇参加申し込み・問い合わせ先◇
sensyokan@onaka.main.jp (担当:井上)




三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-10 17:50 | 仕事

歴史的邂逅


その時歴史が動いたという番組が以前あったけれども、今もあるのか分からないけれども、今日、一つの歴史が動いたと信じる。

長らく求めてきたものに出会った。




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失って悔やんでも取り返せないものがある。

重ねることで歴史は繋がれる。






(無楽の後のことはまた明日に。)











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by wagoichi | 2017-04-09 20:36 | 整体

ラスト無楽稽古


先月で無楽稽古は一旦終了しました。終了記念に、丹足を記録に残しておきます。

皆、上手になりました。



みさ。





くまちゃん。




みつよさん。




権藤君。






最後の無楽稽古はこれまでで一番良かったです。

特に権藤君の成長には、目を見張るものがありました。派手さはないが、一つ一つの課題を着実にこなしてくる生真面目さは、かつてわごいちのスタッフに登りつめた陽室を思い出させます。このままどこまでいけるか。

また長らく伸び悩んでいたみつよさんが、丹練で力が付いて一皮むけた。丹足は繊細さだけでは駄目。力も必要ということですね。

くまちゃんは良く踏めているから、あとは自分から胸襟を開くように相手に接すること。みさは努力にムラがあるから、継続的な努力ができるようになること。

それぞれ心がけていけば、またガラッと良くなります。



この無楽の稽古を通して私が皆さんに伝えてきたことは、体をほぐすにはまず自らの心を開いて踏むことの大切さでした。技術的なことも大事だけれども、丹足稽古を通して自分を見つめ直すこと、より強くより思いやりのある自分に変えて行くことこそが、丹足稽古の真髄なのです。

そしていい稽古をしても普段の自己努力がなければ、教えたことは無になってしまう。日々の丹練が大事だという事、無楽で頑張りきった皆さんにはそれがよくわかったと思います。

私自身も大いに勉強になりました。拙い指導でしたが、最後までついてきてくれてありがとう。






これからのことについては、また明日発表予定です。







三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-08 12:32 | 教育



「原点が導くこれから」という感じでしばらく探り書きです。

by 三宅弘晃
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その7.はじめの一歩
at 2017-04-22 14:03
道を拓く
at 2017-04-19 11:33
その6.生き甲斐の花びら
at 2017-04-18 15:12
その5.3Kの目
at 2017-04-17 18:26
ONE?TWO?
at 2017-04-14 17:26
その4.自分の人生をはじめる
at 2017-04-12 17:15
新しい丹足の資格について
at 2017-04-11 16:33
「直伝!丹足集中セミナー」を..
at 2017-04-10 17:50
歴史的邂逅
at 2017-04-09 20:36
ラスト無楽稽古
at 2017-04-08 12:32
その3.不便の神さま
at 2017-04-07 14:08
その2.誰も通らない道
at 2017-04-06 16:11
その1.屠殺場のウルトラコース
at 2017-04-05 15:36
混然一体な稽古
at 2017-04-02 17:00
癌の3要件 その2 癌と循環
at 2017-03-25 20:54
センスクイズ(中級編)の答え..
at 2017-03-22 17:16
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