照千一隅への道のり

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欲と本能


久々に休みをとったらきっちりと寝込むことに。

夕食後に寝込み始め、夜中に一度嘔吐、そのまま1日半寝続けた。

食べ物はおろか、水さえも受け付けないのは初めての経験。

「水を飲んでもお腹が苦しいんです」とわごいちを頼ってきた超胃弱のあの子のことを思い出したりした。

普通なら水も飲めない状態で丸一日以上となると心配だろが、そういうのはなかった。

今は胃が受け付けないのだから、仕方がない。理由があるのだろう、と。

昔飼っていた柴犬のランは19歳まで元気に生きたが、こういう時は丸くなってずっと寝ていた。

心配になって大好物の牛乳を置いても一瞥をくれるだけで飲まない。

じっと、じっとして体が治ってくるのを待っていた。

こういう時はいつもランを思い出す。いつもランが教えてくれる。こうすればいいんだと。何も心配いらないと。



復活した今もぼんやりと半日を過ごしている。

特になにも焦ることはない。少し動いたり横になったり。

少し食べたり、話したり。


いつの間にこんなに忙しくなったんだろう。


生きるなんて本来は食って寝るだけの繰り返しであるはずだ。

そんなに複雑なことは何もない。


そこに人間は欲が絡んで、色々と複雑にしてきている。

複雑化し、巨大化した欲が、小さく素のままに生きる生活を飲み込む。

その先に幸せがあるならばいいが、それがないことは皆感じている。


複雑化し巨大化する欲と、それに抗う個の本能がせめぎ合う。

ただ食って寝て、時折笑えればいいだけなのに、

それが奪われる。


だから戦わなくてはならない。守らなくてはならない。

あるいはせめて自分たちだけの安全を確保しなくてはならない。

どちらにせよ先は見えない。


表面の戦いをしても仕方がない。

その奥の欲をなんとか納めないと。

欲を好ましく納め、活かす智恵を体得できるのか。


長い歴史の中でようやく人類が辿り着いた、次なる試練なのだろうか。











弘晃

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emoticon-0179-headbang.gif今日の丹練
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emoticon-0179-headbang.gif昨日の丹練
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by wagoichi | 2016-12-07 16:46 | 人生

技術ってのは



最近、寿司の専門学校のネット広告がやたらと我がPCに登場する。

確かに私は寿司は大好物である。であるが寿司の専門学校には別に惹かれない。

「寿司職人になるために、寿司屋で何年も修行するなんて馬鹿げている」という人がいる。食べる人はそういう考えもあると思う。でも職人に対しては、その考えはやめとけと言いたい。




知り合いの専門学校を経営する人から、こんなことを聞いた。

「最近の専門学校は、例えば調理学校なら2年間とか期間を区切って、その間は最高の道具と食材を揃えて、すべての調理技術を教えこんで、卒業までに一人前にする、というのを国が政策として後押ししているんです。」

この国の方針に従う専門学校には手厚い補助金を与え、「いやいや、うちは年月かけても地道に修行させる昔ながらの方針を守ります。」という専門学校の補助金は減額していくんだそうである。

国がそういう方針なのだね。




すでに昔にこの方針が徹底された世界がある。ほかでもない、我らが整体界である。

昔は整体の技術伝承は、個人の治療家が各自で後継者を育てていた。整体と言うのは全国各地に様々な流派があって、その全貌は誰にもわからない世界であるが、従ってその技術伝承も個々の裁量と方針によって行われていたようだ。

整体が西洋医療と比べて世間の信用を得にくいのは、一つには公的医療ではないということもあるが、それ以外に「あの先生はどんな治療をするのかわからない。」という世界であるからだと思う。病院なら「この病気ならばこういう治療がなされるであろう」という想定が可能であるが、整体はそれが難しい。口コミ情報を頼りに訪れ、あとは受けてみないとわからない世界である。

だから整体はどうしても「あやしい」というイメージが付きまとう(それはそれで仕方ない)。一方で自由で闊達な技術研究を行う土壌があるというのもまた事実である。医師会とか医局とか学会とか、そういう縛りが無い。自分が思うように技術を磨いたり、改造したり、発明したりというのが、お医者さん達よりもはるかに自由なのである。

「あやしい」のに無くならない整体。頼る人が後を絶たない整体。それはこういう整体の自由な研究の成果としての技術に、人々が期待をするという要素があるのは間違いないと思われる。


しかしそんな整体界の自由は、今や壊滅的である。国策があったのかどうかは私は知らないが、昨今の多くの整体師は整体の専門学校の卒業生である。整体学校で画一的な技術を学び、卒業をもって「一人前の整体師」として世に出ていくのが今の整体師の在り方になっている。我らわごいちのように、年単位で徒弟制度の中で技術伝承をするような整体院はほとんどない。

「卒業してからも色々な技術セミナーに参加して勉強を続けているから、それでいいんじゃない?」という人もいるだろうが、そういう人はキャリアの一番初めの真っ白な時期の大切さを知らない。徒弟制度の中でしか伝わらない技術の凄みを知らない。残念だけど、わからないものはどうしようもない。

今の整体界は、まず整体学校から入るがために、彼らの言う「効率的なカリキュラム」で促成栽培されるがために、皆同じようなテクニックを、中途半端なレベルで提供しているに過ぎない。これではちょっと上手な整体師は生まれても、すごい整体師は生まれない。これは世の体調不良の人たちにとっても、整体師たち本人にとっても非常に悲しいことであるが、すでに現実として定着してしまっている。

一度失った徒弟文化を、年月をかけて本質を学ぶ文化を取り戻すのがどれほど大変か。今まさに、その苦難の真っただ中にいる私が味わっているこの歯がゆさを、どれだけの人が想像できるだろう。



学びは初めが肝心なのだ。初めに学びとはこういうものかと、修業とはこういうものかと、手に職を付けるというのはこういうことかと、テキストにもDVDにも表現できない師匠と弟子と言う2人の人間の生々しい葛藤の中で根付くこの感覚を、今のような専門学校でどう伝えようというのか。効率を追求すればするほど、技術は遠のく。本物の技術を知らないお国の官僚にはそれがわからない。



寿司は寿司屋で親方から学んだ方がいいですよ。

中途半端な専門学校で学んだ技術なんて、もう数年のうちにロボットに負けるよ。今はまだロボットもあんまり上手じゃないけど、瞬くまに上手になって世界中に出荷されて、中途半端な職人はすべて駆逐されてしまうだろうよ。せっかく学んだ時間も、払った学費も全部パーだね。


でも「飯炊き3年、握り8年」をしっかりやってきた本物の職人だけは生き残る。生きがいに包まれて生涯を終えることが出来る。


技術ってのはそういうもんだよ。













しのぶさんに捧ぐ。。。。弘晃

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by wagoichi | 2016-12-05 15:13 | 教育

譲れないこと


わごいち通信は紙鳶が文章を書き、参尽が挿し絵のイラストを描く。

今回は紙鳶が実家で撮ってきた一枚の写真、甥っ子がおじいちゃんの背中を丹足する写真をイラストにしようと決定し、

さっそく描いてきた。


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「核が全く見えていない」と却下。

翌日までに描き直し。





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「核が語るメッセージがあべこべ」と却下。

翌日までに描き直し。






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ようやく写真と同じ声が聞こえてくる絵になった。


「あとはこの絵に未来への希望を描き加えよう。」

ということで、明日には完成の見込み。








ちなみに元写真。

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声が伝わるだろうか。





とか言いながら、実はここは整体院である。私たちは整体師の徒弟である。美術学校ではないし、私に絵心は全く無い。

それでもここは妥協できない。早く通信を皆さんに配りたいし、忙しい中で何度も修正する時間をとるのも大変だ。たかが6センチ四方のイラスト1枚にこれだけエネルギーを使うのか?

だけれども、あらゆる仕事の中には譲れないものがある。それは絵だって整体だって同じであろうと思うから、何度でもやり直させる。








ところで今日はとある芸術サロンにお邪魔した。

好きでお邪魔したのに、招待扱いして頂いて恐縮した。




ここはちょっと変わった場所だった。

なかなかない場所だった。

主催者ご夫妻や創始者の長年のおでっさん(お弟子さん)にもお話を伺ったが、なかなかいない人たちが集われている場所だと感じた。今の世の風潮に迎合しないで、自分たちが信じてきたものをなんとか守ろうとしていて、そういう人たちの想いが建物と言う無機質な構造物になんらかの影響をあたえているような、そんな場だった。

今こういう場があちこちで失われている。静かにめげない光をにじませる文化の場が、ピカピカでカラフルな商業施設に変わっていっている。この波にあらがうのは無理と思えるくらい強力な世の変化である。でもこの場はまだまだ譲っていない。広いホールに満員の140名の人を集めたのだから。



亡くなった創始者先生の方の経歴と共にご著書がホールに紹介されていて欲しくなり、在庫あれば分けてもらえませんかとお願いしたところなんとプレゼントしてくださった。「亡き創始者が三宅先生に差し上げろと言いますから。」と。

ああ、ありがたいなあ。

おお、重いなあ。

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他の人から施術中に、「先生はどうして丹練とか自分に厳しくできるのですか」と聞かれたことがあった。とっさにその時は「がんを治せるようになりたいからね。」と答えた。

まあそれも一つなんだけど、あとあとよく考えてみるに、自分は守りたいものをしっかりと守りたいんだなと思った。



わごいちは整体院だから、目の前のお客の整体をしていればいい。いい整体を上手な整体をして、コリや痛みをとっていけばいい。なるべく沢山の人の体をほぐすことを考えればいい。それ以上は誰も求めないし、ましてや抗っても仕方がない大きな世の流れに抗ってこんなブログ書いたり、道場や講演会やったり。何がしたいんやろ。


自分は何がしたいのか。


おかしいことをおかしいと言いたい。言っても仕方がないからとか、世の風潮と相いれないからとか、皆に白い目で見られるからとか、そういう理由で躊躇することはしたくない。そんな半分死んだような生き方をしたくない。守るべきものは守りたい。それしかできないが、そこは譲れない。

まあそういうことなんだろうな。その為には、譲らずに突っ張り切るには力がいるから、丹練をするんだろうな。

そんな風に思う。



大変だよ。逆風にたてがみをおったて続けるのは。

でもそうやってきた人もいっぱいいるわけで。だから今の日本の文化があるわけで。もらったバトンは引き継がんといかんわけで。


頑張りましょ。











弘晃

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by wagoichi | 2016-12-04 17:41 | 丹練

患者様は神様である・・・・・・のか?


いっとき「患者を患者と呼ばずに患者様と呼ぶように」とスタッフに通達をだした病院があると聞いたことがあるが、まさか未だにそんなおかしなことを続けている病院はないよなあ。

私は幸い医者にかかることは少ないが、歯医者さんには定期的に通う。歯周病のチェックや歯石取り、歯のクリーニングなどを受けて歯磨きに関する注意指導を受けて帰る。その時の私は極めて従順である。

なぜなら「恥ずかしい」の一心であるから。

定期的に通わないと歯を大事にしようとする気持ちが薄れてしまう。酔っぱらって気持ち良くなって、歯磨きしないままで寝てしまうこともしばしばである。そんな自分の怠慢を晒しに、いや一緒に共有してもらい叱ってもらい、また仕切り直しさせてもらうのである。恥ずかしく有難く甘えているのが、患者である私の立場であると思っている。

だからもし患者様などと呼ばれたら、恐縮してしまう。患者さんで充分です。気を使って楽しい話題など振ってくださらなくてもいいですよ。「このバカ」と叱ってやってください。そういう心境である。

だから患者様という病院の心境がちょっと理解できないし、逆に病院で我は患者様なりと威張る患者の気持ちもわからない。


わごいちは整体院であるが、やはり同じかと思う。お客様だからと威張る人はごめんである。予約を平気でキャンセルする人もごめんである。「ここをもんでくれ。」「こういう整体をしてくれ。」なんて指示する人(そんな人はわごいちには居ないが)もごめんである。そういう人には「おかしいですよ」と諭し、分ってくれる人だけが残る。

でも病院ではそうではないことも多いらしい。医師や看護師の態度にクレームをつけたり、診療予約をキャンセルしたり、ネットで集めた情報を元に治療内容に過剰に口を挟んだり、そういうことが溢れていると聞く。わごいちとは全然違うと、気の毒におもうことしばしばである。


もちろん病院が全く問題ないから、全面的に従えというのではない。大事な体であるのだから、じっくり納得のいく治療を求めて話し合いをすることも必要だろう。ただ昨今の風潮を見て思うのは、「誰の病気か」「誰が病気をつくったか」「困っているのは誰か」というそもそものところをすっ飛ばしている患者が多いように見受ける。

「医者が病気で困っている訳では無い。医者は助けようとしているのであって、困って助けを求めているのは患者である。」

という当たり前の前提条件が忘れ去られているのではないかという危惧である。なぜ患者がそれほど偉くなってきているのであろうか、と不思議でさえある。金を払うから偉いのか?でも病院の治療費は、過半を皆の医療費から負担している訳で、直接患者が担当医に払っている割合は相当少ないのになあ、不思議だなあと思う。

そうは思わないかい?




実は昨日の記事で書いた「がんの原因」にもこの問題は、多少なりとも絡んでいる。

わごいちではお客(患者)は別に偉くはない。お客も先生も、人間と人間の関わり合いという大前提である。その上で頼る側のお客が頼る相手である先生に謙虚に教えを乞う。先生はできるだけ親身に相手のことを考え指導し施術をする。

書いてみれば全く普通のことだけだが、結果として15年間、わごいち通院者にがんは生まれていない。元々がんの気があった人も、わごいちの在り方に自分を合わせていく中で、がんの気が消えていくのではなかろうかと思う。


一方の世は、そうではない。金を払う人が偉い。病気に苦しみ頼っているはずの人間が、「先生助けて」と頼りながら一方では金を払う消費者として振る舞う。先生も、これほど世の中にクレーマーが増えると自己防衛を考えずにはいられない。自ずと患者と先生の駆け引きが生じるのも仕方がないことだろう。結果、世のがんは減る気配をみせない。


本当の意味で病気を無くすためには、社会全体の価値観をもう一度、それぞれが考え直さないといけないと思うな。










弘晃

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by wagoichi | 2016-12-03 15:38 | 整体

がんの原因

夜中にまどろみのなかで考えていた。

進行ガンで東京からわごいちに通う中、先日腸閉塞で緊急入院し、不安の中で私の声だけでも聞きたいとメールをしてきたHさんのことを。なぜ私はそれを受けなかったのかと。ここ数日ずっと考え続けてきた。

大事なことは頭には任せられない。腑の声を聞かなくては間違う。不安の最中の彼女の顔を思い浮かべて腑に問うて、やはり例え一言でも励ましを私がするべきではないと感じた。しかしなぜなのかがはっきりとわからなかった。

今朝の微睡みのなかで、これまで出会ってきたがんの人たちのことを思い返していた。がんになった人。がんが治った人。治らなかった人。がんになりそうだったけどならずにすんだ人。がんになってたであろうけれど、本人の気づかぬまま治った人。今瀬戸際にいる人。多分この先がんになるであろう人。救いのある人ない人。

瀬戸際はどこにあるのだろうかと。がんの分かれ道は何が決めるのかと言うこと。がんの真の原因は何であろうかと言うこと。


つい今しがたはっきりとわかった。探し求め続けた答えがはっきりと見えて、微睡みから完全に覚醒した。この覚醒を記録しておこうと今書いている。

わかってしまうとなんのことはないものだった。もともと知っていたことであった。だからこそわごいち通院中のがん発症率も再発率も0%を実現しているのであって、私の腑は既に完全にその原因を掴んでいたのである。何年も、十何年も前から感じ続けて来たことである。人々の腑が私に語り続けてきてくれたことであった。この腑に今ようやく私の頭が追い付いただけのことであった。

がんの原因ははっきりとわかった。その原因の克服法は既にわごいちの中に在ったということも認識した。しかし既に在ったとは言え、おぼろげな腑の直感だけで進んで来たものに頭の理解が伴うのは違う。力の厚みが変わる。迫力が変わることは間違いないだろう。


電話を受けなかった理由がわかったよ。Hさん、私の仕事は慰めではないのです。むしろ私の慰めはあなたのがん克服の妨げになる可能性があるのです。退院したらきっとわごいちにおいでなさい。その時にあなたのがんの原因についてお話ししましょう。電話では伝わらない、先ほどようやく私の頭が辿り着いた答えを伝えます。聞けばなんだとも思うだろうし、なるほどとも思うだろうけれど、知ってからあなたの腑に落とすまでの道のりはなかなか大変です。何せ私が十何年も悩んで辿り着いた答えですから。きっとあなたの想像を超える真剣なる対話と実践の積み重ねが必要です。生き抜く為に頑張れますか。



ああ、わごいちはこれまでがん罹患率と再発率はゼロだったが、これから次の段階に進むことになるのか。外野の声もうるさくなってくるだろう。直接的な命とのやり取りも増える。がんの本当の原因は簡単ではない。その人間の生き方に関わる病であるのだから、薬では本来どうしようもないものである。この理由において先ほど私が悟ったがんの原因、それを克服できるのは、つまりガン細胞の増殖の根本原因を変革できる場所は病院ではなくわごいちになるのは避けられない。少なくとも病院の在り方が変わるまでは。

わかってしまったらやるしかないのだが、やりきれるだろうか。人の甘えやエゴを相手にそこまでする意味を見いだせるかどうか。助けたいという思いを深め続けていくことができるのだろうか。人は理解できるだろうか。これは私の勝負であると同時に、病める人たち自身の勝負となる。

そんな腑のざわめきが聞こえるような目覚めだった。







弘晃

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by wagoichi | 2016-12-02 04:46 | ガン

なぜ我々はしゃがまければならないのか


わごいちはしゃがむ整体院である。もともとしゃがむ文化をもっている日本においても、わごいちの”しゃがみっぷり”は異色ではないかと思う。


毎朝の仕事前の掃除。

四股を踏みながら数十畳の広間の掃除機掛け。床面によってほうき掛けと雑巾がけも行うが、すべてしゃがむ。

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しゃがんだままのアイロンがけ。


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布団の準備もすべてしゃがんで行う。

尻もひざもつかない。自分の体重は自分のおなかと内ももで支える。

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毎朝毎朝、仕事の前にこの作業を繰り返す。多少体調が悪かろうが、どこかが痛かろうが、これは毎日休まず繰り返す。数年かけて、彼女たちも随分しゃがめるようになってきた。

掃除の間、私は屋上で木刀振りと四股踏みをみっちりと。雨が降ろうが雪が降ろうがしゃがみに休みは無い。



最後に皆で朝のお茶を頂いて、お客を迎える準備は完了。

しゃがんでしゃがんで、いつものわごいちの朝になる。





しゃがむというのは力が居る。体を下げていく力、下げたまま支える力、そして再び上げる力。この3つの力がないとしゃがむことはできない。

しゃがむのは億劫である。力もいるし、動作が増えるし、気持ちもおっくうになる。だから皆なるべくしゃがまないように暮らしている。便所は洋式だし、食卓もテーブルとイスだし、掃除も料理も突っ立ったままで行う。なるべくしゃがまないように。しゃがむのは億劫であるから。


しゃがむということは、相手に自分を合せるということでもある。床掃除をするならば床に目を近づける方がよくゴミが見えるはずだ。子供を褒めるときは、しゃがんだ方が相手の顔をよく見ることが出来る。

わざわざしゃがむ。しゃがむ労力と手間を億劫がらずに、自分を低く相手に合わせる。なるべく相手より低く体を持っていく。これは相手への愛情であり誠意の現れでもありはしないか。


そう考えると、反対にしゃがもうとしない態度は傲慢にも映る。自分は楽をしたまま相手と付き合おうとしているようにも見える。現代はしゃがむ人なんて随分少なくなったから、互いに突っ立ったままでちょうど釣り合う。しかしそれは互いに楽なままの打算の付き合いではなかろうか。互いに楽で傲慢なままの関わり合いではなかろうか。




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私の考案した階段四股をやる(やらさせる?)妻と娘。

しゃがむ習慣を徐々に取り入れるようになった妻もだんだん変わってきている。穏やかで我慢強くなった。






日本人はしゃがまなくなった。

身勝手な日本人が増えたというけれども、それはしゃがまない人が増えた、つまりしゃがんで自分のことを支えることさえ覚束ない人が増えたからじゃないだろうか。楽な姿勢しか取れない。相手に合わせることができない。支え続けることが出来ない。

口ばっかりの日本人が増えてきた。調子のいい時は調子のいいことを言うけれども、ちょっと悪くなると自分ことに必死になる大人に随分出会う。しゃがめない人は傲慢の気があるようにも思う。相手に合わせて自分の高さを変え、支え保つ力が弱まっているように思えるね。


苦しくても自分を保つ力を、精神力を養いたい。だからわごいちはしゃがむ。徹底してしゃがむ丹練をする。

どうぞ皆さんもしっかりとしゃがむ丹練にお励み下さい。








弘晃

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by wagoichi | 2016-12-01 16:04 | 丹練



ようやく癌解説2つ目完了。3つ目が・・・3つ目が大変なんだよ。テーマは決まっているが、どう伝えたらいいのか。。。。ああぁぁ
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