照千一隅への道のり

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顔相



仕事柄、人の顔を観ることがある。

顔だけじゃなく、声や発する言葉、相手の言葉を受け止める表情、しぐさや歩き方なども観る。いつも注意して観ているわけではなく、自然に接していて?と引っ掛かる時があれば、その時に引っ掛かったその「要素」を観て分析する。

ああ、この人はこういう一面があるのだ、と。


世間一般で顔を見ると言えば、シワとかシミとかほうれい線とかたるみとか、そういうところに注意を払うと思う。だからみんな一生懸命にお化粧をしたり、エステに通ったり、鏡の前で表情の練習をする。

でも私はそういうのはあまり気にしない。化粧の奥の顔を観る。作り笑顔の奥の感情を観る。怒り顔の奥の恐れを観る。涙の奥の未来を観る。普段は案外ボーっとしているが、ここ一番ではそういう奥の奥を観る。そこには隠し切れない真実があるからだ。

といっても顔を観るのはその気になった時だけ。やっぱ疲れるから。




先月に散髪に行った時、鏡の中の自分を見てびっくりした。「おまえ誰や」と。

大げさな話ではなく、自分が他人に乗っ取られたような気がした。いや、自分の中身に、違う誰かの外身を付け替えたような、逆に自分の外身に誰か違う人間が入っているような、複雑な感じがした。見たことのない自分がいた。

今思い返せばいろいろと考え事を巡らせすぎていた時期だった。これまで自分がいかに他人ばかり観て、自分の顔を観てこなかったかを痛感させれれた。



「短めに切ってください。前髪は特に短くお願い。」と1ヶ月後の今日、美容師さんにお願いした。(気持ち的には丸坊主にしたかったが、丸坊主案は周囲に禁止されている。)


40過ぎたら自分の顔に責任を持てというのは名言だろう。人の顔を観てきて本当にそうだと思う。そして残念なことに、40を超えて責任を帯びた顔に出くわすことはあまりない。特に男がね。

これからは自分の顔を直視することにする。無責任に生きていくわけにはいかないから。






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弘晃

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by wagoichi | 2016-11-19 17:17 | 日常

肝っ玉

最近聞かなくなった言葉に「肝っ玉」がある。

玉と言っても股の玉ではなく、肝と言っても肝臓のことじゃない。肝っ玉とは「胆力」、もっとわかりやすく言えば「度胸」や「勇気」のようなイメージが近いが、とにかく肝っ玉と言う言葉をめったに聞かなくなった。そしてとかく肝っ玉の小さい人間が目立つ。




安倍総理がトランプさんの自宅までに会いに行ったらしい。外国首脳の中で一番乗りだと喜んでいるらしい。

そらそうよ。まだ相手は大統領になってないのに、現職の首脳がいそいそと自宅まで会いに行くなんて赤面もの。

早めにトランプにつば付けておきたい気持ちもわかるけど、それなら元総理の小泉さんとか森さん辺りに親善大使で行ってもらえば、恥もかかずにすむし、彼らの顔も立つと言うもの。




肝っ玉の小さい人間が増えた。



博多の底抜け道路があっという間に埋め戻されて、市民の生活が平常に戻ったらしい。日本の土木技術の復元力に称賛が集まっているらしい。ヨカッタヨカッタ。

でもちょっと待った。「あれ?原因検証は?埋めてしまってどう検証するの?」中国で事故して埋められた鉄道車両を思い出す。


しばらくおいときゃよい。穴空いたままで、これ以上穴が拡がらないように手当てだけして、車も歩く市民も通れるように上に鉄板の橋をかけて、しばらくの間おいときゃいい。

ばあちゃん達が「こんなことってあるんだねえ。地面はありがたいねえ。慢心したらいかんねえ。くわばらくわばら。」なんて穴を覗きながら歩くのも悪くない。


また同じ様な事故が再発しないように、土木や地層の専門家達を集めてじっくり検証したらいいのに。週末は都市地下博物館にして市民にも解放したらいい。海外のメディアなんかも招いて、失敗もありのままに、その後の再発防止に向けた検証の姿勢なども見てもらえばいいだろうに。かえって日本人の誠実な仕事に評価が高まるんじゃないかな。

堂々と現実を見据えたらいいのに。




病気も一緒だよ。

体のことを省みず、食べたいものを食べたいときに食べたいだけ食べ、「太く短い人生で言いんや」なんて言っている人に限って、いざ大病をしたら大騒ぎだよ。そんな人多いね。

病気相手はブルったら負け。どんと構えて、出てくる症状を受け止めなくちゃならない。痛いのはつらいけれど、それでもグッとこらえて冷静に現状を見つめなくちゃならない。そうすると段々と現状が見えてくる。どういう対処をすればいいのかが見えてくる。

慌てふためいて医者に飛び込んで、あーだこーだと素人要求突き付けて、治してくれなきゃ訴えるからね、なんて脅しかけて、そういう人はあんまり経過が良くないもの。肝っ玉が小さい人の治りは遅い。これ本当の話。


健康情報はもうこのくらいで充分じゃないか。

総理大臣から庶民まで現代日本人に足りないのは、ぶっとい肝っ玉なんだよと、つくづく思う今日この頃だよ。








弘晃

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by wagoichi | 2016-11-18 18:54 | 戯言

拝啓、35歳になった参尽殿


本日はお忙しい中、お付き合いありがとうございました。久しぶりの二人きりでの会食、少し緊張気味に見受けましたが、楽しめましたか。

早いもので貴女が私の元に来てから10年目に入ります。当時はまだ26歳。フリーターで人生の道筋について悩んでいる時期でしたね。

あれから9年と少し、様々なことがありました。今の世の中ではなかなかない弟子入りという展開。私にとっても初めての弟子取りという展開。時代はコストパフォーマンスとか費用対効果とか効率学習とかばかりがもてはやされる中、どうしてわざわざ徒弟などという古めかしい遺産を持ち出すのかと、それも若い女性がと、周りには奇異に思われることもありました。それでもなぜか「これしかない」そんな気持ちで突っ走ってきた9年間でしたね。

貴女が弟子入りしてからも、様々な人が私の元にやってきました。やってこようとしました。すっかり仲間として定着した紙鳶の存在は稀で、ほとんどの人達は途中で去っていきました。覚えているだけでも十数人はいますね。

そんな中、初代の貴女はずっといます。「ずっと頑張ってすごいね。」「もう独立開業できるんじゃない?」そんな声も沢山耳にしてきたことと思います。でもね、少なくとも貴女と私は知っていますね。「独立?とんでもない!」と。



貴女はこの9年間、私に叱られるたびに「絶対乗り越えますから。待っていてください。」と呪文のように訴えてきました。私もその言葉を信じ、結果的に言うとほとんど空手形を掴まされるようなものだったのですが、いつか乗り越えてくると信じて待ってきました。

お陰で私は師匠としてどういう人間か、最近ようやくにして少しずつ分かりかけてきたように思います。

私は極論すれば、その辺の誰よりも厳しい人間です。そしてその反面、誰よりも甘い人間です。一見厳しそうに見えて、実はとても甘い。そういうところがあるようだと、最近痛感しています。

そんな私のところに集まる人間は昔から少なくないのですが、それは何故かというと案外と居心地がいいのです。一見厳しそうですから「私は厳しい先生のところで頑張っている」と言う自己肯定ができます。そのくせ実際は甘いところがありますから甘えたままで居座ることもできます。意外に居心地がいいみたいなのです。

鈍い人にはわからないでしょうが、敏感な人には、私と言う人間はとても都合のいい人間であるようだと、段々に分かってきました。なかなか自分のことってわからないものですね。

参尽さん、あなたは甘える天才です。この際はっきり言っておきますが、甘えどころの見極めと、甘え方に関しては天才的です。イチロー選手にも大谷選手にも後れを取らないほどの天才っぷりです。知っていましたか。そこに私はまんまと騙されてきたように感じています。


人はうまくいかないときに、なぜかと考えることで自分の欠点に気づくことができます。そして自分を成長させることができます。

私は貴女が9年以上ついてきてくれたことで、自分の欠点に気づくことができたように思います。これは皮肉でもなんでもなくて素直な気持ちです。

今ここで告白しますが、私は人を育てる才能があると過信してきました。しかし、9年ついてきた貴女がここで行き詰っている現状をみるにつけ、私は自分自身への信頼を問い直さずにはいられませんでした。なぜか。どうしてか。その問いかけの中でようやく自分の中に、一見厳しいようで実は甘いところがある、という大きな欠点を見つけることができたのです。


参尽さん。貴女は今日またしても「叱られてもめげませんから。」と言い、私に「めげるのは俺の方だろ」とたしなめられましたね。「叱られてもめげずについていく」それはもはや貴女にとって美徳でもなんでもないのです。

私はこれまでその空手形に翻弄されてきましたが、結局「叱られてもめげない」というのは強さでも何でもなく「叱ってもらう」ことが前提となっている甘えなのですね。バカな師匠もようやくそこに思い至ったわけです。

バカ師匠は、貴女に限らずこれから誰相手であっても、もうむやみに甘えさせてあげるつもりは毛頭ありません。咲く花は咲けばいいし、自力で咲こうとしない花はしおれるしかないのです。私ができるのはただ咲きたい花が咲けるように見守るだけ。それだけなのです。

だからもう甘える才能はそろそろ封印して、自分で自分の人生をどうしたいかよく考えて生きていってください。もう35歳ですからね。


願わくば、来年の誕生日には違う顔の貴女と杯を酌み交わしたいものです。甘えにすがるような生き方から脱した貴方に。貴女の有り余る生命力が、この整体と言う素晴らしい仕事に惜しみなく注ぎ込まれる姿を見たいものです。

35歳の餞に、大事なことを何度も言わせるあなたのために記しておきます。


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敬具





弘晃

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by wagoichi | 2016-11-17 23:59 | 日常

熊本義援金総括(後編)


昨日の続き。引き続き権藤君との会話メインで。



出会うなり、「まず熊本城に行こう」と。

天守閣を見るなり、「じゃあ、四股を踏もう」と。

熊本土産は「いきなり団子」が評判だが、私の「いきなり行動」もなかなかの評判。この一日も「私のいきなり行動」が存分に発揮されたが、「はい、わかりました。」と合わせてくれる。あまり動じない権藤君。



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四股は大事だ。

四股は体つくりの基礎となる。四股は丹足の基礎でもある。結局基礎をしっかりと続ける人間が技術ものびる。

この時は一番基礎となる四股を300回、コツを教えながら一緒にやった。四股と一口に言っても、やり方ひとつで厳しさが全然変わる。私のやり方は少しきついが、これから300回毎日やるという。めげずに続けられるかどうか。



道中で丹足のコツなども少し話をした。少しだけ話をして、「続きはまた時期が来たら」と言うと、毎日四股300回してきますから、無楽でまた続きを教えてくれますかと言う。

2、3か月頑張ったぐらいで次を教えてもらえるなんて甘い考えはいかんよ。年単位で頑張りなさい。とそんな話をした。





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熊本城へは義援金10万円を。

10万円以上の寄付をすると、木札に寄付者の名前を書いて提示してくれると言うので、それに乗った。


やっぱり熊本城には頑張ってもらいたい。この先500年、1000年頑張ってもらいたい。皆の気持ちを一部でもそこに加えて形にしておきたいと思った。熊本を訪れて木札を見て、綺麗なった石垣を見た時に、「ああ、自分の気持ちもこの一部だ。」と熊本城に愛しさを感じてもらえたらなあ、と思った。

肝心の木札の名前だけども、すごく悩んだ。降り始めた雨のしぶきがかかる通路で、権藤君と二人でうんうんとネーミングを考えた。

結局10分くらい真剣に二人で悩んだが、よきネーミングは思いつかず、一番義援金が集まった「わごいち」で登録。ひねりがなくて申し訳ないけれども、熊本城に行った暁には、「わごいち」と書いた木札を見つけて不甲斐ない我々を思い出してほしい。




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これはくま先生のところだ。

80代と40代のいい歳した大人がクモの巣を見上げながら話し込んでいる。見たことのないような複雑な構造をした巣で、星の数ほどの蚊がつかまっていた。クモも立派な養生農園の一員である。

くま先生は権藤君にも尋ねられた。仕事は何をしているかと。

「金融です。」

ほう、お金の専門家だなと。経済のことはよく知っているのだね、とくま先生。

「いえ、それほど。。。。」

それでは大学では何を勉強して来たのかな、とくま先生。

「国際経済です。」

じゃあ、英語は上手に話せるのだね、とくま先生。

「いえ、それは。。。」

くま先生の穏やかな問いかけに権藤君タジタジである。私は心の中で密かにニヤニヤである。





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権藤君は光栄なことにくま先生から直接サインを頂いた。

「名前の最後に兄(けい)を付けるのはめったにないんだ。私は農業の専門家。あなたはお金の専門家。違う分野の人は誰もが先生と思ってお話するから兄と敬称をつけるんだ。」とくま先生は仰る。

いやーくま先生、なかなかにお厳しい。

「私はこういう仕事をしております。この仕事では誰にも負けません。」

どうせ仕事をするのならこう言おうよ、という無言の叱咤激励だろう。権藤君は果報者でサインは家宝物である。



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養生農園には、カンツバキの花が咲いていた。

花は見事だね。地震があろうがなかろうが、咲くのが花の仕事。花は咲くしかできないが、咲くべき時にちゃんと咲く。


花がすごいのは、自分がなんの花であるかを知っていること。

そしていつ咲くべきかを知っていること。

どこを向いて咲くべきかを知っていること。


人間が命の花を咲かせるのは意外に難しい。

なかなか咲ききれないままあの世に行ってしまう。


くま先生と言う、地震にも全く動じないで咲き続けるお花を目の当たりにして、

「ああぁ、まだまだだ。」

と痛感させられた熊本再訪だった。









弘晃

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by wagoichi | 2016-11-16 17:28 | 行事

熊本義援金総括(前編)


記憶の新しいうちに、熊本義援金ツアーの総括をしておこうと思う。


わごいちに帰ってから、弟子たちに熊本での1日の報告会をした。

「権藤君が車を運転してくれて助かったよ。朝の四股踏みから一日ドライブ、夜は銭湯に行って飲みに行って。道中色々話もしたよ。」

と話したら、

「まあ、師匠と一日中二人きりでドライブして、裸のお付き合いまでなんて。」

と変なやきもちを焼く弟子には笑ったが、私も一人の門人とこんなに密着して過ごしたことはないので、思えば珍しい一日であったと思う。


せっかくだから、この総括は権藤君と私の会話を織り交ぜて書いてみよう。


では、総括。




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権藤君の車の中から。前を走るのは、私を大阪から熊本まで運んでくれた夜行バス。右は路面電車。権藤君曰く、有名なデザイナーにデザインしてもらった車両とのことで、確かに目を引くものがある。内装はさらにスタイリッシュだったよ。

道すがら、地震で壊れた建物をいくつもみた。修理中の建物、修理の手が回らずブルーシートで雨をしのいでいる建物、修理をあきらめたかのような半壊した建物、立て壊された平地など爪痕はそこかしこに残っている。

余りに痛々しかったので、写真には収めていない。


「日本家屋は瓦が落ちたりして大変なところが多かったですけど、比較的新しい西洋建築は案外平気なことが多かったようです。」

と権藤君が話してくれた。

「以前読んだ『西岡常一と語る 木の家は三百年』という本にはこう書いてあったよ。」

と私は応えた。

「日本家屋は、地震の揺れのエネルギーを瓦が吸収して飛んでいくから、瓦は落ちるけれども建物自体は守られるんだって。瓦はまた割れた分だけ後で足せばいいからね。」

へえーと聞きながらハンドルを握る権藤君。

「ちなみに日本家屋の土壁も地震でひび割れたり崩れたりするけれども、土壁も地震の揺れのエネルギーを吸収して壊れることで柱を守っているみたいだね。」

土壁は粘土と藁を混ぜて寝かせて発酵させたものだから、崩れ落ちてもまた練り直して塗ることが出来る。とてもエコな建材である。

瓦や壁に揺れのエネルギーを吸収させて、敢えて固めないで揺れながら建物を崩れないように守る。これは最近のタワーマンションでよく言われる免震構造と近い思想。免震構造は西岡棟梁たちが代々守ってきた法隆寺などの塔を研究してできたものだという話があるくらいだから、それは当然のことかもしれない。

「西洋建築は頑丈に作っているけれども、ある一定ラインを越える負荷がかかったら、建物全体がペシャンコ。さて、どっちをとるか難しいところだね。」



痛々しい益城の家々。

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大変気が引けたが、この家だけ写真にしっかりとおさめた。弟子たちに学ばせてやろうと思って。


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西岡棟梁の教えそのままの損壊を見せる和風建築。瓦が落ち、土壁がめくれている。が、構造は保たれている。

例え柱が傾いても押せばまっすぐになる。まっすぐにしてから瓦を乗せ、壁を塗り直せば家は蘇る。

ちなみに本来の日本建築の場合、地面の基礎と地上の建物は固定されていない。石の上に柱を乗せてあるだけだ。だから横揺れがきついと家全体がそのまま基礎の石からずれてしまうが、ロープを張ってみんなで横に引っ張って基礎に乗っければまた復活するらしい。

西洋建築ではそうはいかない。基礎からズレたら(割れたら)ぶっ壊して建て直さないといけなくなる。





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益城の皆さんの家の再建と、落ち着いた生活が一日でも早く返って来ますように。

願いを込めて、4万8千90円の義援金を町役場に託した。


この義援金は、益城町民の皆さんに使われるとのこと。主に東京講演の際に皆さんに頂いたお金を充当したのて、「おなか元気サミット」の代表名にした。また沢山寄せられた励ましのメッセージもここに一緒に託した。やっぱり一番厳しい被害を受けた人たちに、少しでも温かい声を伝えたいと思って。

かくして皆の気持ちはちゃんと益城の人々に届いたのです。



(続く)






弘晃

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by wagoichi | 2016-11-15 16:06 | 行事

土からの教育


「この人にお会いしたい」と思う人は、いつも既に亡くなっていたな。

西岡常一棟梁、カリアッパ師、マイケルジャクソン、福岡正信翁。「ああ、遅かった。」と、我がアンテナの鈍さを悔やみ、現代には偉人は生まれないのかと悲観にくれた事もあった。

だから偶然に古本屋で手に取った『土からの教育』を読んで感動した時も、もはや過去の人であろうと勝手に決めていた。念のためネット検索をするとまさかのご存命で「養生説法」という講演活動をされていると知った時には、PC前で思わず小躍りしてしまった。

そして今年の3月末、一族郎党を引き連れて著者である竹熊宜孝先生、通称クマ先生に会いに行った。結果としては熊本大地震の1週間前の訪問となったのだが。



私が心惹かれる人間は、どうも大自然と向き合っていることが多い。

クマ先生や福岡正信翁は農家。クマ先生は医師でもあるが、「百姓が医師をしているんです。」と仰っている。医師が百姓をしているのではないと。カリアッパ師は日本ではあまり知られていないが、少し昔のヨーガの大聖者である。ネパールのカンチェンジェンガというヒマラヤ山脈での過酷なヨーガの修行に生きられた方。西岡常一棟梁は宮大工。『木に学べ』などの著作に記されているが、木の心を想い、木の一本一本の個性を見極めながら寺社をくみ上げていった人。

共通しているのは、自然と真摯に向き合う中で、その奥にある「命」を感じ取り、その命を形に生かそうとしてこられたということ。


だからといって、たまに居る「花とお話しができる花屋さん」のような人たちと一緒にしてはならない。西岡棟梁も福岡翁も木や自分が土と話ができるとは決して言わない。

「そんな風に扱っては、木が痛い痛いと泣いちょります。」と西岡棟梁は時に若い大工に助言されたらしいが、これは木に思いやりをもって仕事をしてほしいというヒントであって、自然の命に奥深さに触れたものは、軽々しく自分がその代弁者であるというような振る舞いは到底できないものだ。

と、まるで本人の言葉のように言うが、もちろん勝手な私の想像。しかしあながち外れてはいないだろう。自然と人間の関係とはそういうものであり、それ以上には決してならないのだから。




さて話をクマ先生に戻そう。

今回の熊本義援金ツアーは、七ヶ月ぶりのクマ先生との再会でもあった。初めてお会いしたとき『土からの医療』そのままのクマ先生に触れ、「まだ現代にもこういう人たちが残っているのだ!」と勇気をいただいた。

それからの7ヶ月間、世界は益々危うくなっている。社会も刻々と不安を増している。それもそのはず、国家や社会の基盤となる家庭がとめどなく空虚な場になっていっている。

人は目先のお金と健康にばかり関心を持つ。健康でお金に困らなければ幸せに生きていけると思っている。



ばかじゃないか。


と言いたい気持ちをぐっとこらえて、いや時に口から飛び出したりしたこともあったような気もするが、どうやったら「本当の幸せ」に向かって語らい合えるだろうか、自分のおなかが発している命の声を聞こうとするだろうか、それを毎日毎日考え続け、鍛錬をし、本を読み、講演をし、整体をしてきた。この10年ほどはずっとそこに挑み続けている。そして跳ね返され続けている。

「俺のやっていることは無駄じゃないのか。」と虚しさに沈み、子供たちの笑顔を見て「下を向くな!」と己を鼓舞し、また沈みの繰り返しの日々が続いている。

しかし私なんてほんの10年ちょっと。私の今やっていることを、すでに何十年も前から続けてきたクマ先生は、一体どうお考えなのだろう。どうしてもそのお気持ちを聞いてみたいと思い続けてきた。



クマ先生の著書を読む限り、クマ先生もありとあらゆる方法で、人々に命の大切さを伝えようとされてきた。私なんかよりもよっぽどユーモアセンスに富み、人を楽しませるのが上手なクマ先生が、手を変え品を変え人々に語りかけられてきた。

しかしそんなクマ先生のこれまでの道程の中に、「ああ、自分の想いが伝わってどんどん広がって人々が変わっていく。」という感慨は見つけられなかった。むしろその行間からは、切なさやあきらめのようなニュアンスを感じることさえあった。


福岡正信翁からも同じ匂いがする。翁が晩年にインドを訪問されて人々にこう語りかけられた。

「私はもうやれることは全てやったんです。私はもう世界をあきらめているんです。」

そう言い切りながらも、その後にこう続けられた。

「しかしあなた達は、ガンジーの教えに触れたあなたたちは違う。あなたたちは自然の理を知り、この世界をより良くしていくことができるはずだ。」

絶望の中から希望を見いださんと、我が身を絞り上げるような生き方、その厳しさは経験した者にしか分からないはずだ。福岡正信翁の著書『わら一本の革命』の後半部など、苦しくて読めたものではない。





今回の再訪の際に、クマ先生にお聞きしようと心に決めていたことがある。クマ先生以外にこの質問をぶつけられる人が他にいないから。

クマ先生のご案内で養生農園を見せてもらった。クマ先生は自分たちの自然農法の畑と、隣の農薬まみれの畑を比べながら、命を見ようとしない人々について話された時、今だと思い、尋ねた。


「先生、人々はいつか気づきますか?人間は変われますか?」


反応がなかった。

先生は高齢ですこし耳が遠くなっておられる。聞こえなかったのかもしれないし、もしかしたら聞こえていたけれども・・・・・・

失礼を承知で重ねてお聞きした。私にはどうしても、生きている偉人の口から生きた言葉を聴きたかったのだ。


「先生、人は変われますか。」












「変わらんよ。」



一言だけ、はっきりとそう言われた。

しかしさすがはクマ先生。すかさず私の後ろを歩いていた権藤君を振り返ってこう言葉を重ねられた。まるで前の言葉を打ち消すように。

「それは彼ら若者が決める。彼ら次第だ。」







失礼を重ねるが、クマ先生の人生にあまり時間は残っていない。

私には、クマ先生よりまだ少しは時間があるはずである。


が、


クマ先生と私が見つめる未来は、あまりにも遠い。



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弘晃

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by wagoichi | 2016-11-14 14:10 | 人生

なぜ職人は低収入なのか

はた!と気が付いたのである。

はた!と膝を打ったのである。

なぜ職人は収入が高くないのに、平然と職人を続けていられるのか、その答えに思いが至ったからである。



職業間で凡その収入格差がある。

年収1千万円を超えるような職業と言えば、金融やマスコミや製薬や弁護士や医師などが挙がる。


昔、人に問われたことがある。「なぜ弁護士や医師は、高収入かわかるか?」と。

「わからない」と応えると、その人はこう言った。

「弁護士も医師も、普通は見なくていい人間の汚いところを見なくてはならんだろう。汚いこと相手の仕事してもらうわけだろう。だから敬意を表して先生と呼び、収入を高くしているんだよ。」

本当か嘘かは知らないが、妙に納得したことを覚えている。確かにそういう側面はありそうだし、そういうものならば「どうぞどうぞ高収入でいてください。」と納得もいく。

ちなみに多くの整体師は医師の高収入をうらやんでいるが、(実際には最近は苦しい医師も増えているそうだが、)整体師は医師ほどの汚れ仕事をしていないんだから、この論理でいけば、うらやむのは筋違いということになる。



同じ視点で見れば、他の高収入の業種も納得がいく。

例えば金融業。

金融業の本来の役割は、公共の資産であるお金が必要とされるところに滞りなく周るよう奔走し、経済の発展に寄与するものであろう。多くの金融マンはそういう目的意識でこの業界に入る。

ところが入ってみると、そういう綺麗ごとばかりではなかったりする。経営に苦しむ会社を見捨てて破産していく姿を見なければならない時もあるだろう。さらに債権回収で追い打ちをかけねばならないこともあるかもしれない。結果として社長が自殺するかもしれない。

自分個人としては嫌だと思っても、社命とあれば抗うことは難しい。


例えば製薬業。

薬は何のためにあるか。それは病人の苦しみを和らげるためにある。そう望んで製薬会社に入る。しかし入ると様子が変わる。わが社の薬より、ライバル社の薬の方が断然効き目があると知っている。でも「いやー実はライバル社の方が個人的にはお薦めなんですけどね。」なんて言おうものなら大変なことになる。

激しい副作用があり、効果はほとんどない、そんな抗癌剤の営業担当になってしまったら大変だ。副作用にうんうん苦しむ病人を横目に、医師にこの抗癌剤を売り付けなくてはならない。まわりまわって自分の親がその抗癌剤を使うことになってしまうとしても。。。。


どちらの例でも大変なストレスであろうと思う。「いつまでこんな仕事を続けるのか。」「俺はなんの為に働くのか。」そんなことを自問する日々ではないだろうかと想像したりする。

これも誰にでもできる仕事ではない。




一方、我々職人はどうだろうか。

うん、あまり高収入そうな人は居ないな(笑)。大抵皆、嬉々として、ちまちまと自分の仕事をしている。

例えば整体師やアロマセラピストにとっては「独立開業」というのが一つの夢の形なのだが、知っている限り独立開業者で年収1千万はおろか、年収500万を越える人もごく一部である。多くは生活に困窮している。(整体職人とは名ばかりの、マッサージチェーン社長は別である。)

親しくお付き合いをしている畳職人、音響職人、住環境デザイン職人、コーヒー焙煎職人、それぞれ社長をしているが、うーんあまり金持ちには見えない。(お前が言うなと言われそうだが。)

私が尊敬してやまない宮大工、故 西岡常一棟梁さんの自宅を訪問した人が、家のあまりの古さと傷み具合にびっくりした、と書いておられた。西岡常一といえば、法隆寺を修築し、薬師寺を再建して日本中にその名をとどろかせた伝説の宮大工である。が、その当人の家は質素の極みであったいう事実。 

だいたいの職人の生活はそんなもんである。これから職人を目指す人は、経済面ではあまり大きな期待をしない方が無難である。

が、それでも我らは、収入の高低に一喜一憂することは少ないのも事実である。生活の心配は一応しているが、さりとて収入にさほど囚われていない。


それはなぜかと考えて、はた!と手を打った。




もし仮に、全ての製薬会社が一斉に社員の年収を300万にしたらどうなるか。おそらく大多数の社員はその業界を去ることになるだろう。残るのは、ごく一部の高潔なる志の持ち主だけになるはずだ。

だから製薬会社の給料は高いのである。高くしておかないと社員を繋ぎとめておくことが難しいのだろう。

そう思い至った。



我々職人は、例え貧乏していても、食っていければ職人であり続けようとする。300万なら300万で暮すのみである。ただ問うのは、「自分の仕事を純粋に愛しているか」というその1点に尽きる。「これは自分の天職である」と思えたならば、それは何よりもの喜びなのである。

例えペンキまみれであろうとも、汗だくでヘトヘトに疲れようとも、納得と喜びのなかで仕事をさせてもらえているのが職人の世界なのだろう。



どの職業がいいとか悪いとか、そういうことを言うのではない。どの職業も必要な、誰かがやらねばならない仕事である。


ただ、


収入が大事と思うなら職人にはならないほうがいい。

「心から純粋に仕事をしたい」と思うなら、職人をするのがいい。


ということを言いたかっただけである。












弘晃

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by wagoichi | 2016-11-13 15:56 | 職人

AI医療と職人仕事


「近い将来タクシーも自動運転化されて、僕らの仕事はなくなるんです。でもこの業界は年寄りが牛耳っているから、誰も先のことなんて考えないんです。」

とぼやいたのは、先日乗った若いタクシードライバーだった。



人工知能(AI)が人間を凌駕し始めている。タクシードライバーのいうように、車の自動運転は既にカウントダウンに入っている。将棋はAIカンニング疑惑に揺れているし、金融業界でもAIの活用は進んでいると聞く。

今まさにHOTなAI。これからしばらく「AIの功罪~悲喜こもごも~」という類のニュースが世界を駆け巡ることでしょう。



これは医療の分野も例外ではない。IBMが開発しているAI、Watson(ワトソン)君が、60代女性の急性骨髄性白血病に対する診断と治療法の判定で、人間のミスを救ったと発表があったのは今年の8月4日。

引き続き3か月後、4日前の記事。



読売新聞 2016年11月08日

<政府は、人工知能(AI)やロボットを使った医療行為を2020年度から診療報酬の対象とする方向で検討に入った。>

<AIには、人間では不可能な量の膨大なデータを分析できる強みがある。>

<世界中の研究論文や、国内の医療機関に蓄積された診断事例などをAIに学習させ、医師に適切な治療法を提案させる>



いよいよ日本政府も、本気でAIの医療活用を後押しし始めるようだ。AIを医療に活用する、つまりそれは医師の仕事をAIに任せていくよ、という宣言。

<人間では不可能な量の膨大なデータを分析できる強み> が活用されれば、薬の処方などには相当な威力を発揮するだろう。誤診も減れば患者としてはありがたいことこの上なし。外科手術などでも、正確無比なオペが期待できる。

しかしその一方、<AIに学習させ、医師に適切な治療法を提案させる> には医師は背筋が寒くなる思いだろう。「提案させる」から「指示する」へと移行しない、そんな保証はどこにもない。

はてさてAI時代に人間の仕事は残っているのだろうか。


そんな期待と不安の入り混じるAI社会だけれど、AI化によってより存在感を増す仕事もある、という未来予想図も私には見える。


AI時代により存在感を増す仕事は何か?




それは職人の手仕事だ。


AIの強みは、膨大なデータを記憶できること。一人の人間が一生かかる記憶を一瞬で行ってしまえること。でも覚えるだけでは意味がない。オンリーメモリーである。

AIの真骨頂はここから。詰め込んだメモリー倉庫の整理である。この場合はこの棚、あの場合はあの棚、という風に一定の規則によってデータを「標準化」する。この「標準化」されたデータを、目の前の仕事例に当てはめて処理していくのである。

私はAIの専門家じゃないから多分に想像の世界ではあるが、「標準化」こそがAIの実態であろう。

そしておそらくこの世の仕事の過半は、このAIの「標準化」で置き換えることが出来ると言われる。



しかしだ、手仕事は難しいよ。

例えば、私のやっているおなか揉み。百年後にAIがターミネーター級まで進化したとして、果たして私を凌駕できる仕事ができるかと言えば、答えはまず間違いなくNOである。少なくともターミネーターでは私のようにおなかは揉めない。

根拠は2段階ある。


まず1段階目。

おなかは生命活動の源であるから、とても複雑であるということ。おなかに手を触れていると、手の中でおなかは刻々と変化し続けている。一秒前と今のお腹は違う。便もガスも移動しているし、胃液や粘液も分泌している。動脈はぎゅっぎゅと流れているし、静脈はとうとうと流れる。心臓の鼓動に揺れ、肺の収縮で上下する。

これ以外にもさまざまな要素がお腹に影響を与え続けている。おなかは全身とつながり、全身からの影響を絶え間なく受けている。しかもそれが人ぞれぞれ違う。同じ人でも昨日と今日では違う。

違う、違う、違うだらけで、同じ要素を見つけることは不可能なのが人のおなか。これを経験に基づく「感性」で解していくのがこの仕事。こんな仕事をどう「標準化」する?できる?という問題がある。




そして第2段階目。

もし仮に、想像以上にAIが進化して、「おなかの生命活動」を標準化することに成功したとする。それでもやはりAIは私にはかなわない。

なぜか。

それはおなかに触れるには、「精神的体温」が必要だからだ。


人が人に触れる時、生き物が生き物に触れる時、そこには物理的説明では測れない何かが存在する。

辛い時、苦しい時、悩んでいるとき、人に背中をポンポンとしてもらうだけで楽になることがある。咳込んでいるときに背中をさすってもらうと楽になる気がするのは、決して手のマッサージ効果だけでは測れない何かがあるからだ。

「ああ、この人に心配してもらえている。」「好意を持ってもらっている。」そういう精神的な温かみが手を通して伝わってくる。この精神的体温といも言うべきものが、AIに再現できるだろうか。

ターミネーターみたいな医師を相手に、精神的体温をどれだけ感じられるだろうか。AIが手仕事を越えられないのは、まさにここである。



そもそも、医療がAIにとってかわられる危惧があるのは、医師が患者を人間として扱っていないという現状にも原因がある。

多くの人が言う。「最近のお医者さん、パソコンばかり見て触診なんてしてくれない。」と。こういう不満はずっと前からあったはずだ。それを放置してきたんだね。

人間が人間のかかわり、人間の手仕事を否定してきた。なんでも機械任せにし、作業効率だけを追求してきた。仕事が内包する精神的体温を過小評価してきた。そういう仕事からAIに駆逐されていくのだろう。





AI時代には職人に追い風が吹く。

AIの襲来によって、これまで疎かにしてきた職人の手仕事に、改めて関心を持つ人は増えることだろう。なんでもAIなんて人生味気なくていやだ!という人も増えると思われる。

AIによって、廃れそうな職人の手仕事がきっと復活する。


私個人もおなか揉みターミネーターが開発されたら面白いだろうなという期待もある。将棋やチェスのように、AIが挑戦してこないかなと楽しみにしている。

もちろん、ターミネーターに半べそかかしてやるつもりである。








弘晃

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・無呼吸重刀100回


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by wagoichi | 2016-11-12 15:08 | 世界

乳癌の手触り


「先生、乳癌があるかどうか、手で触れてわかるのですか?」

と今日も訊かれた。


「わかるよ。多分。」

と答える。



乳癌は、手で触れて最もわかりやすい癌の一つであると思う。

すい臓や肝臓のように肋骨に邪魔されることなく触れることが出来るし、腸や子宮のようにお腹の奥深くにある訳でもないし、周りに血管や神経が入り乱れてややこしい、という訳でもない。

実際に腸や胃で「はて?」と思うことがあっても、それが癌なのか、潰瘍なのか、炎症なのか、その判断に迷う時は正直多い。

しかし乳癌はそういう迷いが少ない。乳腺炎とも脂肪のかたまりとも違う「乳癌ならでは」の感触がある。

だから乳癌は、私にとって比較的見つけやすい癌と言える。




「医者でもないのに嘘を言うな」という人は必ずいるだろう。

何かものを言えばすぐに「医者でもないのに」と言われるのがこの整体という仕事の面倒なところであるが、実際に私も自分が絶対に正しいとは思っていない。「多分、乳癌だろう」という自分の判断への自信はあるが確信は無い、というのが正直な心境である。

でも病院の検査だって、100%間違わないなんてことは無いし、癌を見落とすことだってある。逆に癌だとメスを入れて実は。。。なんてこともある。

それだけ癌の診断というものは難しいものなのですよ。




そもそも私が「乳癌っぽい」という見立てをする段階というのは、病院検査でも見つかるか見つからないか、という早期癌よりまだ少し前の状態であるから、この見立ての確認は病院でもできないことがある。

「多分乳癌だと思うよ。」という見立ての場合は、これまでのところ実際に乳癌の診断が下されている。

逆に乳がん検診で引っかかり、再検査までの間にわごいちに通って一生懸命生活改善をした人達の胸をみて、「うん、これなら再検査も大丈夫だと思うよ。」とお墨付きを上げた人は皆、実際に「大丈夫、癌は無い。」と病院で言われている。

これからも「100%間違いない見立てをします」というような約束はできないが、乳癌はある程度見立てがきく、と言えるだけのエビデンスを私は所持しているんじゃないだろうか。

いつか病院で私の見立てを検証すれば、もっと面白い発見があるとは思うんだけどね。




こんなことを今朝話していたら、弟子二人が口を揃えて訊くわけだ。

「乳癌ってどんな感触なんですか!?」



弟子の一人は整体歴10年目、もう一人は5年目、それぞれお客のおなかを立派に毎日揉んではいるが、こと癌に関してはどうにも立ち行かない。そりゃそうだろう。私だって癌にある程度の自信をもって触れるようになったのは、ここ2,3年くらいのことなんだから。

やっぱり癌を感じるのは難しい。進行癌ならまだしも、病院検査にも引っかかるかどうかというレベルの癌を見極めるのは至難である。私の知る限り、他にその技術を持つ人間はいない。

だから「乳癌ってどんな感触ですか?」と訊かれて、私はこう答えるしかなかったわけだ。



「癌っぽい感触だよ」

と。










弘晃

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・四股300回
・木刀200回

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・重刀200回


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by wagoichi | 2016-11-11 16:06 | 整体

ただいま。


夜行バスから見る早朝のUSJ。

ああ、大阪に帰ってきた。



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当初の予定では、大分に移動して一泊する予定だった。

が、いろいろ気がかりがあり、大事をとって夜に帰って来たのだ。



おかげで福岡の陥没の混乱には巻き込まれないで済んだ。

しっかり休んだ。



晩ご飯。

ああ、帰ってきたという気がする。

e0359411_20563999.jpg

熊本で食べ過ぎた胃腸も休めないといけない。

明日は朝昼ごはん抜きである。



体と精神は休まず鍛えなくてはならない。

娘を肩車して四股ふみ100回。




今日も大事に生繰りました。






弘晃

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by wagoichi | 2016-11-09 20:53 | 日常



ようやく癌解説2つ目完了。3つ目が・・・3つ目が大変なんだよ。テーマは決まっているが、どう伝えたらいいのか。。。。ああぁぁ
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