照千一隅への道のり

カテゴリ:人生( 14 )

その7.はじめの一歩


桜井寛先生の指導は色々な意味でユニークだった。


こういう世界では技術を隠そうとするのが常であるが、桜井先生は隠そうという感性がおありでない。

初めて先生の「丹力セミナー」に参加した時、先生の教えっぷりに感服した。初対面であっても全て見せるのである。全て教えようとするのである。簡単にマスターできるような代物では決してないのに、簡単にできそうに見せてしまう。

案の定、その場に居たセミナー参加2回目の鍼灸師の先生が、「前回教えをうけてから、うちの女性スタッフの内臓を揉みましたら下血したのですが、何がまずかったのでしょうか?」なんて質問をしていた。

「たった1回習っただけでお腹を揉めると考えるあんたの感覚がまずい。」と私なんかは言ってやりたかったが、桜井先生は、そんな質問にも丁寧にアドバイスされる。だからか先生はよく勘違いされる。

丹力が簡単でないことは、当のご本人が一番知っている。でもそんな先生の真意を見抜く人はいなかった。




一方で桜井先生の接客はちょっと不器用だった。

「腰痛で・・・」という人に、一通りの治療をした後の帰り際にアドバイスされる。「これから毎日四つん這いで暮しなさい」。

「は????」っという顔になる。部屋の中でずっと四つん這い。犬のように四つん這い。隣の部屋に行くのも四つん這い。トイレに行くのも四つん這いですか???と。

怪訝な顔をして帰る患者さんを私は見送った。理由はあるのです。すごく示唆に富んだアドバイスなのです。でもそれを噛み砕いて説明してあげないと、患者さんは理解できないのです。とはさすがに憚られて先生に言えなかった。先生の真意を理解するのは甚だ難しい。

だからだろうか、技術は凄いのに先生の治療室は暇だった。



そんな先生のもとで、4ヶ月間みっちりと指導を受けた。毎日4~5時間ほど受けた。マンツーマンだったし実質的には徒弟のような指導であったが、私はちゃんと教授料をお支払いして技術を学ばせてもらった。ちなみに後にも先にも私が整体の指導を受けたのは、この時の桜井寛先生ただ一人である。(整体学校は何も学ばず中退している。)

先にも書いたが出し惜しみの無い先生であった。延々と続く反復練習には指もバンバンに腫れ上がったが(それでも練習は続いたが)、全てを見せて下さり、全てを伝えようとして下さった。ただ数ヶ月でモノになるようなものでは到底なく、先生の元を去ってからも数年、先生の教えを追究することになった。


桜井先生もそんな私を認めて下さったのか、「僕が死んだ時の為にこれを渡しておく」と弟子でもない私に丹力資料を色々下さった。桜井先生の手ほどきを受けた人間は沢山いるはずなのだが、どうも私以上にみっちりと腰を据えて学んだ人間はいないようだ。なぜだろうか。

勿体つけたり自分を大きく見せようとしない先生のお人柄が、人をして先生の力量を軽んじさせるのかもしれない。もしそうならば、なんと勿体ないことだろうと思う。当時も今も、桜井先生ほどの技術を持った治療師は滅多にいないのに、「見せ方」が上手い先生の所に人は惹きつけられてしまう。



桜井寛先生の所での修行が終わってまもなく、先生が東京に移動されることになり、「あとをよろしく」と託された。


まさかの開業である。







つづく









三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-22 14:03 | 人生

その5.3Kの目

1年間の浪人生活を経て大学に入学した時、世はバブル経済のピークを迎えつつあった。

私が垣間見たバブルとは、借金して3000万円で買った家が3年後に5000万円で売れるという時代。金利も含めて4000万返済しても、3年タダで済んでしかも1000万円手に入るという時代。不思議な時代だった。

そんなバブルの時代によく耳にしたのが「3K」という言葉。「きたない」「きつい」「きけん」の頭を取って3K。バブルでブイブイいわしていたホワイトカラーの人間が、ブルーカラーの人間を見下す時にもよく使われたように記憶している。



当時の私は必死だった。自分はそれまで親と学校の枠内で暮し、個として社会と一切向き合って来なかった。自分で何かを考え、自分の責任で行動するような人生を送ってこなかった。あまりに社会を知らなさすぎる。

それに気づいてからは、このままでは社会でちゃんと生きていけなくなる、ただ単に社会的保護者が学校から会社に変わるだけで、自分自身の人生を送ることはできない、と焦りさえ感じた。

大学時代にはバイトを色々やった。バブルらしい華やかなバイトではなく、いわゆる3Kという仕事ばかりを選んでやった。3K仕事を通してバブル社会の奥底を見ようとしたんだと思う。



面白かったのは日雇いの土方仕事だった。朝7時くらいに広場に行く。事前の面接も申し込みも何もない。ただそこに行く。そこには200人くらいの労働者たちが居た。若者も年寄りも、日本人も外国人も、多様な人達が集まっていた。

しばらくするとワゴン車が10数台やってきて、「ここは8人」「こっちは6人」とか言うと、皆が適当に車に分散して乗り込む。人数が揃うと出発。時には人があぶれて、つかみ合いの喧嘩になった。

無事に車に乗り込むと、運転手が車内で行き先と仕事内容を伝える。目的地に着いたら現場監督が居て、その指示に従って黙々と一日肉体労働をする。時間が来たら再び同じ車に乗って広場に帰り、プレハブ小屋の前に並んで日当9千円をもらって家路に着く。



私はこの仕事が面白かった。誰に雇われるのかもわからない。どこに連れていかれるのかもわからない。互いのことは誰も知らない。仕事で怪我しても多分保障などない。極端に言えばそのままどこかに拉致されても誰にも知らされない。

でも感動があるのだ。一生懸命働いて、その報酬を手渡しで受け取るときの嬉しさ。「ああ、一日頑張って働いたなぁ。」という手応え。労働の原点を感じたのかもしれない。シンプルだからこそ伝わる感動と言うものがそこにあった。

帰りの電車で隣に座ったスーツ姿のサラリーマンが、汗とホコリにまみれた私の服に触れるのを露骨に嫌がった。心の中で思った。「誰のおかげで綺麗な道路を走れるんじゃ。」




パチンコのバイトもお気に入りだった。

結構な肉体労働だし、仕事上がりにおしぼりで顔を拭くとまっ黄色になった。タバコのヤニがこびり付いていたのだ。紛れもない3K仕事だった。

人が面白かった。店長は元ヤクザの用心棒をしていた人で、カラオケで酔っぱらって包丁を振り回していた時は怖かった。副店長はもと暴走族の特攻隊長でいつも無表情で怖かった。が、ごくたまに笑う時はとても愛嬌があった。社員もマルチ商法にはまっている人、いつもあいさつ代わりに背中をどついてくる人など変な人が色々いた。

「なんで俺ばっかりどつくんですか?」と訊いたら、「お前は頑丈やから壊れへんやろ」と言ったが、本当はその社員が気に入っているあみさんと言う女性が、私に良く話しかけてくるのが気に食わなかったのだ。それでもその人のことも私は好きだった。

職場は3Kだったかもしれないけれど、仕事仲間は自分を剥きだにして付き合ってくれたように思う。バイトをやめるとき、心のこもった送別会をしてもらったことは大事な思い出だ。決して社会的地位は高くなかったかもしれないが、自分が個として社会の中に立っていたように感じた。だからそれぞれがそれぞれにカッコよく見えた。




そんなバイトで稼いだ金はほとんど旅行に使った。貧乏旅行で、主にアジア各国を回った。中国、インドネシア、シンガポール、フィリピン、タイ、ベトナム・・・を回った。泊りは一泊500円くらいの最低レベルのドミトリー、食事は屋台で、数万円握りしめて金が尽きるまで滞在するという自由な旅をした。

しばらく滞在したフィリピンのエリミタ(マニラでも1番の犯罪地区と言われていた)では、ショットガンをもったおっさんたちの中を、懐にナイフを忍ばせて歩いた。安ホテルに帰ると毎晩30匹以上のゴキブリを潰してからシャワーを浴びた。



そんなアジア貧乏旅行から関西空港に降り立つと、いつも強烈な違和感があった。目が違うのだ。きらきらあるいはギラギラした目でまっずぐに見つめてくるアジアの人たちと、互いに目を合わさないようにしている日本の人たち。端的に言うと、生きている目だらけの世界から、死んでいる目だらけの世界に帰ってきたような感じがした。

唯一日本でそういう生きた目に出会えるのは、日雇いやパチンコなど3Kの仕事仲間だった。



なんなんだろう、この社会は。

我が世の春を謳歌するバブル日本の中でそんなことを思った。








社会勉強が過ぎて、大学卒業が1年延びた。









つづく








三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-17 18:26 | 人生

その3.不便の神さま


「文武両道」と学生の頃、父からよく言われた。勉強もクラブ活動もしっかりやりなさいと。

中学校では陸上部に入った。幼稚園から続いていた朝マラソンはクラブ活動に引き継がれ、極めて自然な流れで幼稚園から高校まで陸上一筋で行くことになった。

幼稚園から走り始めたのなら名ランナーになっているはずだが、ピークは小学生の時で、最後は平凡な陸上部員になった。

勉強は小学校5年生から塾に通い始めた。塾では成績順にAからEクラスに分けられ、私はAクラスとBクラスを行ったり来たりした。こんなに激しく上下する塾生は他に居なかった。偏差値で遊んでいた。

中学校のテストはいつも学校全体で4番か5番くらい。学校の勉強は全然やらなかった。





高校受験をし、私立高校の特進クラスに特待生で入った。「なるべく偏差値が高くて、授業料のかからないところに入れ」という父のミッションはクリアしたと思う。

高校に入ってすぐの統一模試で志望大学を書く欄があった。「先生、高校に入ったばかりで大学のことなんてわかりません。」と言うと、「京大か阪大か神戸大のどれかを書いとけ」と言われてなんだか釈然とせず「京都芸術大学」と書いた。

高校に入っても変わらずクラブと勉強だけの毎日が続いた。ひとつの疑問が私の中で芽生えてきた。

「なんの為に勉強するんだろう。」

数学の先生にその疑問をぶつけてみた。先生はこう言った。

「そんなことは大学行ってから考えたらいいんや。大学では考える時間がいっぱいあるからな。だから今は余計なことを考えずに勉強して、いい大学に入れ。」

まるで予備校のような学校だった。





私はそれまで父や先生に与えられたミッションをクリアするのが人生だと考えていた。それで幸せな人生を送れると思っていた。

しかし先生にも先生の事情があった。創立3年目の新設校だったから学校も名前を売らないといけない。その為には生徒を有名大学に沢山入れないといけない。それが大人の事情だった。

悩みを深める私に先生たちは「考えるな。悩むな。勉強しろ。いい大学に入るのがお前の人生の為や。」とアドバイスする。しかしその背後に「何のためにお前を特待生でとったと思う?」という大人の本音も見え隠れして、逃げ場はなかった。






成績は急下降した。高2の夏の時点で、英語の偏差値は27まで落ちた。他の教科もズタズタになった。父のミッション「文武両道」は完全に粉砕された。

人生を恨んだ。塾の先生を恨んだ。父を恨んだ。高校の先生を恨んだ。大人を恨んだ。生きていくことを恨んだ。

「とにかく勉強しろ」という大人ばかりで、「人生をどう生きるか」という私の悩みに向き合ってくれる大人は一人も居なかった。人生を考えないで進むことは一歩もできないことを誰もわかってくれなかった。

もう学校をやめたい。でもやめられない。それなら死にたい。ひたすら大人社会を恨むしかなかった。





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そのころに時々参った神社である。

住んでいた住宅街から田畑を抜けた先の川の対岸にある。はるか上流にある橋を渡らないとこの神社には行き着けない。幸い私は陸上部で鍛えていたので、たまの休みの日に走っていった。家から往復でたっぷりと1時間はかかった。

一度途中で引き返したことがある。2メートルほどのヘビに道をふさがれた。ひやっと飛び上がって逃げた。

不便な場所でヘビがいたりするお陰か、参拝者など他に居なかった。



私はここが気に入った。自分一人しか参らないなら、この神様は俺が独占だ。この神様は俺だけを見てくれるはず。そんな不遜なことも思った。

ここで、ひとりで、ゆっくりと考える時間が必要だった。



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結局自分が悪かったんだと気づくまで、まるまる1年かかった。

父や塾の先生に自分の人生を委ねてしまったからいけなかったんだ。人任せにしたくせに結果に不満を言う自分がちっぽけでつまらない奴だ、ということを自覚するまで1年かかった。

これからは大事なことは自分で決めよう。どんな結果になっても「自分が決めたことだからしかたがない」と思えるほどによくよく考えて自分で決定をしよう。自分の人生の責任は自分で負おうのだ。

どんよりした雲間が晴れ、そう決意した。



「英語の教師になる。その為に俺は大阪外大に行く。」と「自分で」決めたのは高2の3学期だった。目の色を変えて勉強し、それから半年で英語の偏差値は逆さまになった。27から72へと。

先生も同級生もびっくりしていた。



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話は少し今に戻る。


つい先日、山の上で仙人のような暮らしをする人に、「便利は怖い」と聞かされた一言が深々と心に突き刺さった。まさに近頃ずっと考えていたことだったから。

自分自身も知らず知らず便利社会に吞み込まれている。昔はそうではなかったのに。。。。と昔を思い出した時に、この川向こうの不便な神社を思い出した。

「ああ、久しぶりに行ってみたいな。」と思った。弟子二人にも見せてやろうと思った。




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今回、神社の境内にある立札を初めて読んだ。

ここの神社は「開拓の神様」だと書いてあった。



ああ、道理で。

色々なことが腑に落ちた気がした。



30年経ってようやく私は自分の原点に立つことが出来たようだ。











つづく








三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-07 14:08 | 人生

その2.誰も通らない道


桜が咲き始めの山に入った。

「古里に行くが一緒に来るか」と訊いたら二人とも行くと言う。



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青春時代に辿った道を逆行する。

当時から人通りはまばらだったが、さらに寂れていた。道中他に誰にも出会わなかった。



途中に2回分かれ道がある。舗装道路か山道を選ばなくてはならない。せっかく来たのだから山道を行きたい。しかし山道の入り口にはこんな看板が。


<この先ハイキングコース通行止め。落石・土砂崩れ・斜面崩落等による事故が発生しても一切責任を負いません>




さあどうする。







我々は山道を選んだ。



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さすがに水は美しかった。



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倒木がふさぐ斜面を一生懸命ついてくる、大阪の街育ちの二人。



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誰も通らない道。

放置された倒木で道がふさがれていた。道が風化して無くなりかけていた。毎年の夏休みに父に連れられてアルプスを登っていた経験が無かったら、きっと迷っていただろう。

なんとかクリアした。




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二つ目の分岐点がやってきた。

「どうする」と訊くと「せっかくだから山道に行きましょう。」と言う。もとより「迷ったらGO!」が信条の私であるが、さすがにこの道の険しさに「ほんまかいな。大丈夫か。」と訊くと、「院長先生と一緒じゃないと行けないから。」と言う。

この言葉が妙に心に残る。




再び山道を進むことにした。

もはや道とは呼べない。


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完全に道をふさがれた。

斜面を登って迂回路があるかどうかを偵察。


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「あかん、引き返そう。」

今の我々に乗り越えられる道ではないと判断した。

まず挑んでみる。無理なら別の道をいく。





舗装道路もそれはそれで気持ち良い道だった。


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途中落石があってヒヤッとしたりしながらも、山の春の訪れを心ゆくまで楽しんだ。




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「一緒じゃないと行けませんから」と、いつも二人はせっかくの休みに私についてくる。

前にこの道を辿った青年時代の私には、ついてくる人間など一人も居なかった。今は家族と二人、それ以外にも沢山の人がついてくる。

いつからそうなったのだろう。この30年ほどで私はどう変わったのだろう。





長いようで短い道を踏み越えて、ようやく目的地。

原点に帰ってきた。







つづく。








三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-04-06 16:11 | 人生

体育に丹足をする


昨年からずっとわごいちの「想念の間」(スタッフルーム)の壁に貼ってある紙がある。

日付をみると、平成28年の10月27日とある。
もっと前からあったと思ったけれど、まだ4ヶ月ちょっとか。


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数年前に、学校でヒップホップを授業に取り入れるというニュースがあったように思うが、その後どうなったのかな。

このニュースを聞いたときには「ええとこ目を付けたなあ。」と感心した。


ヒップホップは良い。単にエクササイズのような運動になるだけではない。体の中心がしっかりして、それでいて末端は脱力した状態を体得できる優れた動きだから。あの動きをしようと思えば、しなやかで、それでいて芯の通った体になる。子供のうちにそういう動きを体に浸み込ませておくのはとても良いと私は思う。

しかしどうせヒップホップをやるのなら、阿波踊りをやったほうがもっといい。しなやかさと芯の通った体になるのはヒップホップも阿波踊りもどちらも優れている。しかし阿波踊りにはさらに下半身の粘りがつく。特に男踊りにそれが顕著だが、あの低い重心であの柔らかい足の動きを続けるのは相当な足腰の強さと粘りが必要になる。阿波踊りはとてもいいと思う。

総じて現代人は姿勢が悪い。胸を詰めて肩をすぼめて腰は反って足はO脚気味だ。こうなると息がつまって肩がこって腰が痛んで足も疲れやすい。マッサージ屋さんが儲かるばかりで、ろくなもんじゃない。

さらに心配なのは、姿勢の悪さが大人だけじゃなく、子どもにも目立ってきたことだ。お腹をすかせて野山を駆け回って遊んでいた時代の子供と、家でお菓子を食べながら勉強かゲームばかりしている今の子供で体が違ってくるのは当然のことで、だから昔は成人病と言われた様々な病気が、今は子供にも増えている。この子達の未来はどうなるのだろうと、ただただ心配ばかりしている。

この子達を救うため、子たちに元気な大人になってもらい、しっかり働いて我々の老後を・・それはいいとして、またその次の世代を立派に育ててもらうために我々は何をすべきか・・・・

色々な事を考えてきて、色々なことに挑戦してみてきて、最終的にはこれだなと思ったのが、




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である。





丹足はやはりすごいものである。

しなやかで芯の通った体作りという観点で考えても、ヒップホップと阿波踊りには負けない。

さらに下半身の強さと粘りの養成という観点でも、阿波踊りと丹足は図抜けている。

その上で、阿波踊りにはなくて、丹足にあるものがある。


それは「癒し」だ。


「癒し」は「相手への思いやり」と私は解釈している。相手を踏みながら、「気持ち良いかな」「どんな感じかな」「楽になってくれるといいな。」そういう思いやりを深めていくのが、癒しと言う行為の真髄だと思う。

学校で丹足を習う。単なる踏み方だけじゃなくて、ハラの使い方、ハラをしっかり使って相手を踏む。どういう姿勢をとれば楽か、つまり自然な姿勢かということを自ずから学び取る。その上でしっかり上下運動をして体を鍛える。

順々に先生を踏んでみるのもいい。いつも叱られている先生を踏みつける快感もあってもいい。踏みながら「どうすればもっと気持ちいいかな」と試行錯誤するのがとても大事な経験になる。

さらに家に帰って「お父さんお母さん、学校で習ったから踏んであげるね。」なんて展開もあるだろう。じいちゃんばあちゃんには何よりの孝行になるだろう。自己鍛錬をしながら癒しを実現するには、丹足の右に出るものはないと思う。

癒しを通して心を豊かにし、踏みほぐしを通して、体をしなやかで粘り強いものにしていく。丹足の練習ならばそれができる。どんどん体力が低下している子供たちをもう一度強くして将来に備えさせる。なんとか日本の体育の授業に丹足を取り入れさせたいなあ。やっぱり体が強くないと、アレルギーやインフルエンザに怯えてばかりの未来にはしたくないなとずっと思っているわけです。



まあ、そう簡単には行くまい。日本中の小中学校で丹足を教えるようになるには、20年、30年かかるかもしれない。インストラクターも育てていかなくちゃいけないからね。

しかしこれだけ学校があるのだから、「面白そうだし子供たちのためにやってみよう」という学校が一つや二つは見つかるかもしれない。いきなり子供たちには難しくても、まず先生たちやPTAの親たちが体験してみてもいいかもしれない。それなら今すぐにでもできるかもしれない(むしろ今丹足が必要なのは大人なのだ!)

今すぐにでもできることはあるはず。できることからやっていけば、段々と理解者も増えてくるだろうと思う。



夢はでっかいほうがいい。でもそんなに難しいことじゃないかもしれない。なんせ気持ち良いからね。受ける方も、踏む方も。


でっかい夢に向かって、強くしなやかに歩んでいこう。


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三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-03-07 14:57 | 人生

人間の性



ようやく。。。と言うべきか。 『翔ぶが如く』全10巻を読み終えた。

男達が不器用で頑固で愚かで、でも懸命で誠実で潔くて、読んでいて切なくて何度も途中で挫折した。もともと読むのは早い方ではないが、この本は読み始めてから2、3年くらいも経ったろうか。



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それでも 『竜馬がゆく』 『最後の将軍』 『翔ぶが如く』 『坂の上の雲』という幕末か日露戦争までの道のりを一通り読み、ようやく感じとれたことがある。

どうして日本人はあんな酷い戦争をしてしまったのか、ということについて。



辛い過去に目を伏せる人もいれば、過ちを繰り返さないようにと直視する人もいる。司馬先生は歴然とした後者として、後世のわれわれが同じ過ちを繰り返さないようにとの願いを歴史小説の中に残されたと思う。

戦争に正しいも過ちもない。戦争が起これば大なり小なり文化は破壊され弱きは凌辱される。暴行や虐殺が全く伴わない戦争など古今東西どこにもない。誰でも戦争の中では精神のバランスを崩し、平常では考えられない行動をする。それは人間という生き物には共通の性として刻まれている。

ハラを触ると、人間の性の生々しさに呆れ果て、途方に暮れることがある。人は理屈だけで生きているのではない。感情だけで動いているのではない。それらの根底にハラがある。理性や感情の源であり、帰結であり、支配者であるハラから逃れて生きることは出来ないと痛感する。



「私は理性がしっかりしている」と口にする人間ほど危うい。そうことを口にする最中のハラは完全に沈黙している。まるで「やれやれ、こいつに何を言っても無駄だな。」とハラが言っているようである。そんなハラの気持ちなぞ全く省みない人間に触れていると、だんだんハラが可哀そうになってきて、代わりに言ってしまうこともある。「あなたの頭はそんなに立派なもんじゃないよ」と。

まあびっくりする。なんてこと言うんだとムッとする人もいる。でも理屈だけで自分を律することができるなら誰も苦労しない。「明日からダイエットするぞ!」という決意が挫折するはずがない。「旦那さんに毎日素敵な笑顔をするぞ!」という誓いが破れるはすがないじゃないか。

人は理屈だけでは制御できない。理屈は、環境の変化や自己都合が生み出す新しい理屈に、いとも簡単に更新される。「笑顔の絶えない幸せな家庭を築くって決めたのに、旦那さんに笑顔を返してもらえない自分が可哀そうになってやめた。」

性を省みないで理屈をこねくり回しても、結局こういうことになってくる。




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じわじわと戦争の足音が近づいている気配がある。

戦争を起こすのはヒトラーではない。東条英機でもない。

「自分は間違わない」「自分はちゃんとしている」「周りがおかしい」と考える人が増えて大衆を形成した時に、ヒトラーや東条英機のようなリーダーが台頭してくる。そんな風情はもう今の世間に満ち始めてはいないか。

司馬先生は歴史小説という形で、我々の性には、誰しも愚かな未来を招き寄せる要素があるという警告を残されたようにも感じる。



私はハラを揉む。ハラを感じ、ハラを語ることで、人間の性を伝えていこうとしている。

私が真に怖れるのは怠慢が引き起こす病ではない。狂気が引き起こす戦争である。そのどちらにも傲慢というハラへの無関心が見て取れる。





人のハラも思うほど綺麗じゃない。正しさだけを持っているわけではない。

それが良いとか悪いとかではなく、それがハラというものである。美しさも醜さも内包しているのがハラである。そういうハラの性を直視する。そこに生の喜びを感じとりながら、その上でどう感じるか。どう考えるか。どう行動するか。ハラをイキイキとさせて生きるにはどうしたらいいのか。ありのままの自分と共に、そんな自分を律していくにはどうしたらいいのか。どう生きればいいのか。

それを考え続け、伝え続けるのが、ハラ揉みをする人間の本懐ではないかと思う昨今である。





ああ。

また司馬遼太郎記念館へ「21世紀に生きる君たちへ」に触れに行きたくなった。










三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-01-29 05:18 | 人生

本分に生きる一年


すこし久しぶり。長らくぼーっとしていた。


少し長めの正月休みは家族旅行でゆっくりとした。温泉に浸かり酒を呑み、何も考えない時間を過ごした。何も努力しない時間を持った。年に一度くらいは空っぽの時間を持とうと思った。

私が何もしていない間にも、世間も、周りの人間も、その家族も、私の家族も、色々な出来事があったと聞いた。それぞれに悪戦苦闘しているようであった。

湯につかりながらじっと見守っていた。




温泉から見る空が美しかった。雲が様々な姿を見せてくれた。葉を落とした木々はじっと待っていたし、海は満々として穏やかであり、朝霧の立ち上る山は全く動かなかった。

空も雲も同じ姿を見せることは又とない。移ろいゆきながらも空は空であり、雲は雲だ。移ろいゆくのが移ろわないのが空であり雲であろう。

しかし山は動かない。動かないから山であり、動かないことが山である。

雲は雲として、空は空として、山は山として在る。

そんなことをぼんやりと湯の中で思った。




私たち人間にも、雲がいて、空がいて、山がいて、海がいるように思う。

雲のような生き方をする人がいて、空のような生き方をする人がいて、山のような生き方をする人がいて、海のような生き方をする人がいる。

自然界に雲と空と山と海が必要なように、人間界にも雲と空と山と海のような人が必要じゃないかと思う。

空があるから雲があり、雲があるから海があり、海があるから山があって、それぞれの存在がそのまま役割となって互いを生かし合う。その違いと繋がりこそが尊いと感じる。



人にはそれぞれ本分というべきものがある。本分とは持って生まれた素養と、これまでの人生で培ってきた人格によって見いだされる。そう考えるならば、人ぞれぞれの本分というものは思うように変えたりすることは難しい。生まれ持った素養は変えられないし、何十年とかけて作ってきた人格は一朝一夕には変わらない。

まだ10代の思春期ならばいざ知らず、40歳を超えればもう本分には逆らわず、自分の本分を知り、それを生かすことに努めないとなかなか生活が難しくなるのではないだろうか。


私の周りの人たちの出来事をみていると、あるいはニュースなどで世間の人たちを観察すると、どうにも自分の本分をまだ見いだせていない大人が多いように感じる。

雲が山を気取ったり、海が空になろうとしたりしていることはないだろうか。雲は雲として良き雲になるしかない。海はよき海になるしかない。それなのに、自分の本分が雲であることを知らず、友達の海に憧れて自分も海になろうと無理強いするときに、自分も周りも不幸を抱えることになるのではなかろうか。

だから私に相談に来る人たちには、その人たちがそもそもの本分を間違っているときには、「あなたは空じゃなくておそらく雲だよ。」と言ってあげることもある。「ああそうだったのですね。どうりで。。。。」とすっきりした顔になってくれると私も嬉しくなる。




実はつい最近まで、私も自分の本分を見つけ得なかった。

湯に浸かりながら、私は今の世間を想った。世間を想い、自分の本分を想った。



今の人間社会は、雲と空と山と海の違いをそのまま受け入れる度量が少ない、そんな風に思う。空は晴れ渡っていなくてはならないし、山が雲で隠れるとイライラする。周りのことを自分の思い通りにしようと無理強いする。

海があるから雲があることを、雲があるから空であることを、山があるから海が豊かになることを、それぞれの立場から相手の立場を思い遣ることを忘れそうな社会に我々は今生きている。

海の真ん中で山でいることは勇気がいる。青空に浮かぶたった一つの雲でいることは不安になる。皆と同じでありたい。皆と同じ中にいながら、その中で自由を謳歌したい。そういう人生を多くの人が求めている。



本分を自覚し、本分に生きようとする者にとって、今の世はとにかく生き難いものである。本分に生きようとする人間を過剰に崇拝したり、逆に卑下しようとする風潮がある。そしてその風潮を作っているのは、その人たちの無自覚なコンプレックスであると私は考えている。

本分に生きたいと願う人もいるのは知っている。しかしその人たちの多くは、今の時代に本分に生きることの難しさを予見し、ためらい、悶々としながら月日を重ねていることも私は知っている。

だから思う。今の時代に最も必要なのは、自分の本分を知り、自分の本分を貫く強さを持った人間であるということだ。人に何を言われようが、自分の本分を感じ取る純粋さと、それを信じて疑わない強靭さをもつことが大事だということだ。そんな人間が一人でも多くあらわれてくると、人間界も自然界に負けないくらいに多様性に富んだ強くて美しい社会を作っていくことが出来るんじゃないだろうか。


私はこれから自分の本分を力いっぱい育てていこうと思う。それが結果として周りの応援になるならば、何よりであろうと思う。そんな1年を今から始めようとぼんやり考えた。



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三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-01-10 16:01 | 人生

プーチンは食わねど高楊枝


武士は誠に大変である。

戦時の主役である彼らも、平時においてこれほど無用の長物はない。「万が一の戦争に備えて」あるいは「抑止力として」存在し、平時においては何も生産せず、ただ皆から食わせてもらっている。

「あいつら必要なのか?」と陰口を叩かれることもあろう。太平の世で収入は減り、生活は次第に窮乏し、金に困ることもあろう。それ見たことかと札束で顔をはたこうとする金貸しもあろう。あわれみ食べ物を恵もうとする農民もあろう。

しかしその際に「俺は困っていないぜ」と、高楊枝を咥えて平然と構えているのが武士たる者の心得である。


なぜか。


それはなめられたら終わりだからである。相手になめられたら武士としての存在意義がなくなる。町人や農民に哀れまれたら、いざという時に武士として立てなくなる。敵が不意に攻めてきた時に皆が武士を頼らなくなる。頼りのなくなった町人や農民は、オオカミに襲われ四方八方にただ逃げ惑う羊の群れのごとく化し、敵に蹂躙されること必定である。これでは武士の仕事が全うできない。

万が一の確かな守り人として、武士は平時から威厳を保っておかねばならないのだ。

その心得を叩きこむために、自分の仕事を全うするために「武士は食わねど高楊枝」と自分に言い聞かせ、空腹に耐えたのだと思う。私がとても好きな言葉の一つである。




整体師も似たようなものである。

いくらリピートが欲しいからって「お疲れですね。自分の体にもご褒美を与えてあげてくださいね」なんて歯の浮くようなリップサービスは気持ち悪いだけである。

例えお客に嫌われ収入が減ろうと、毅然と「そんな生活習慣では病気になりますよ」と言うのが整体師の仕事である。言うべきことを言い、技を駆使してお客の健康を守るのが仕事であって、整体師が威厳を失ってはお客の体は守れない。

整体師も食わねど高楊枝である。楊枝を高くくわえ腹を空かせ、必死で腕を磨くのである。




いや、今は整体師のことはいい。

どっちかというと今私が興味があるのはロシアのプーチンさんである。




大変なのは本当はロシアのはずだ。

西側諸国の制裁で、資源価格の低迷で、経済はガタガタである。

日本経済もなかなか大変とはいえ、ロシアほどには困ってはいない。日本も北方領土の問題を解決はさせたいが、今現時点で本当に困っているはずのロシアがどうしてこれほど優位に交渉を進めているのだろう。誠に不思議、を通り越して見事である。



思うにプーチンさんは「武士は食わねど高楊枝」を決め込んでいる。

「俺は別にどっちでもいいんだぜ。あんたらが話し合いをしたいんなら、金次第では相談にのってやるぜ。でもあんまり甘えたこと言っちゃあ破談にするから気をつけな。」

このようなスタンスでプーチンさんは、歴史に名を残したくて焦る安倍さんを手玉に取り、政権に追従し騒ぐだけの日本のメディアを翻弄している。

プーチンは見事だ。流石に体を鍛えているだけのことはある。一方の安部さんは。。。。お腹に難病を抱えながら大好物のアイスを食べている。

残念だけれどどこれでは逆立ちしても勝ち目はない。




「武士は食わねど高楊枝」


仕事が戦いであるならば、政治家も経営者も官僚も会社員も職人も、皆武士の様なものであろう。

であるのに、皆目先のことばかり心配している。仕事は首にならないか。会社はつぶれないか。周りの評価はどうか。年金はもらえそうか。目先の心配ばかりして、誇りや威厳をもって自分の仕事に向き合う人が少ないように思う。

当面の先行きが不安でも、いちいちじたばたしないでドンと構えていればいいのである。人生そういう時も必ずある。命までは取られない。またいずれ機会はやってくる。それまで腕を磨いておけばいいのである。

焦ることは何もない。目先の利益や不安に振り回されては、人間がちっぽけになってしまう。


腹が空いたまま楊枝を高く高く掲げる。それもまた人生ではなかろうか。









三宅弘晃

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by wagoichi | 2016-12-14 17:29 | 人生

自分が何をしたいのか


少しずつわかりかけている。


人生で一番難しいのは、自分が何をしたいのかを見つけることかもしれない、そんな風に思う。

若い時なら、ある程度しっかり考えた末の「自分が何をしたいのか」であれば、あとは勢いで突き進むことができる。例え間違ってもまた軌道修正ができるからだ。

しかし年をとってくると少しそういうのが難しくなってくる。軌道修正の機会がもうあまりない。段々と背水の陣の覚悟が必要になってくる。ある程度の経験を積みエネルギーもある40代という人生の黄金期に何を為しておくか、それは人生の成果を決定づける要因になりはしまいか。



「何を言っているんだ」と、人は言うかもしれない。あんたは充分に成功者だし、このまま行けばいいじゃないかと、そんな風に言われそうな気もする。

確かにこれまでの自分の人生は上出来かもしれない。28歳で脱サラし裸一貫で整体院を始め、並び立つ者なきおなか揉みの技術を確立し、今や全国各地からわごいちを頼ってきてくれる。手におえないような病気はもう多くないし、うちのお客たちは有り難いくらいに品がよいし、家族は円満だし、明日のご飯を心配することもないし、体は元気だし、髪の毛もまだ抜けてない。

充分じゃないかと。


このままわごいちを守っていけばいい。わごいちはこのまま幸せを守っていけばいい。下手に規模の拡大に走らず、営利に走らず、誠実により一層のよい仕事を求め続けていけば、それだけで充分幸せじゃないかと、そういう考えもゼロではない。またお客サイドも、そういう気持ちの方は沢山おいでかと推察する。




でもあかんねん、そういう考えじゃ。



今わごいちが守っているのは、わごいちに通う人だけ。わごいちの屋根の下に入った人だけ。そして自分達だけ。わごいちの傘の中に入った人間だけが、癌にならずにすんでいるだけ。大病から免れているだけ。自分達だけが自分の健康に万全の自信を持って人生を楽しんでいる。でも他の人のことは知らない。

そういう話じゃないのか?



若い世代はどうする?

すでにもう若者のおなかは弱り始めている。中年も老年も弱ってきているが、若者の事態はより深刻。アイスと唐揚げで育ったようなやつが沢山いる。20代で生理がないやらおかしいやら、食べられないやら太れないやら働けないやら、こんな20代が溢れる時代が過去にあっただろうか。

彼ら彼女らのおなかはすでにもう弱っているんだ。10年前の20代とは全然違うんだよ。

彼らはこれから数十年生きていかなくてはならないが、20代でこんな体で、この先どんどん老化が進む中で、どうやって健全に生きていく?




わごいちは大事だ。大事で貴重な場であることには変わりはない。

でもわごいちだけではダメなんだと、それはもうこの数年で顕在化した。ごく一部の大人だけを守るわごいちは、自分たちにとっては大事だけれども世に必要とされているとは言えない。世の人を、未来ある若者を見て見ぬふりをして自分の幸せを守って、それは本当に幸せなのか。それは本当の意味で健全なのか。





これからは我が身を半分に割ってみようと思う。

わごいちは、引き続き我が半身と弟子たちの総力を挙げてこのまま力をつけていく。ものすごい整体院になるだろう。まだまだ伸びしろは沢山ある。


そして残る半身の在り方を考えよう。

これまでの千照館や講演会のように、わごいちの合間を縫うような仕事の在り方ではなく、私の半身はわごいちから完全に出よう。そして半身の全て(ちょっと変か?)を懸けて仕事をさせよう。全身全霊の半身で、何を為すべきか。為したいか。為すか。一から一人から。

何からはじめるか、まず考えよう。


向かう先は、社会であり未来である。これだけは決まっている。それ以外はまだ定まってはいない。








弘晃

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by wagoichi | 2016-12-09 19:23 | 人生

欲と本能


久々に休みをとったらきっちりと寝込むことに。

夕食後に寝込み始め、夜中に一度嘔吐、そのまま1日半寝続けた。

食べ物はおろか、水さえも受け付けないのは初めての経験。

「水を飲んでもお腹が苦しいんです」とわごいちを頼ってきた超胃弱のあの子のことを思い出したりした。

普通なら水も飲めない状態で丸一日以上となると心配だろが、そういうのはなかった。

今は胃が受け付けないのだから、仕方がない。理由があるのだろう、と。

昔飼っていた柴犬のランは19歳まで元気に生きたが、こういう時は丸くなってずっと寝ていた。

心配になって大好物の牛乳を置いても一瞥をくれるだけで飲まない。

じっと、じっとして体が治ってくるのを待っていた。

こういう時はいつもランを思い出す。いつもランが教えてくれる。こうすればいいんだと。何も心配いらないと。



復活した今もぼんやりと半日を過ごしている。

特になにも焦ることはない。少し動いたり横になったり。

少し食べたり、話したり。


いつの間にこんなに忙しくなったんだろう。


生きるなんて本来は食って寝るだけの繰り返しであるはずだ。

そんなに複雑なことは何もない。


そこに人間は欲が絡んで、色々と複雑にしてきている。

複雑化し、巨大化した欲が、小さく素のままに生きる生活を飲み込む。

その先に幸せがあるならばいいが、それがないことは皆感じている。


複雑化し巨大化する欲と、それに抗う個の本能がせめぎ合う。

ただ食って寝て、時折笑えればいいだけなのに、

それが奪われる。


だから戦わなくてはならない。守らなくてはならない。

あるいはせめて自分たちだけの安全を確保しなくてはならない。

どちらにせよ先は見えない。


表面の戦いをしても仕方がない。

その奥の欲をなんとか納めないと。

欲を好ましく納め、活かす智恵を体得できるのか。


長い歴史の中でようやく人類が辿り着いた、次なる試練なのだろうか。











弘晃

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by wagoichi | 2016-12-07 16:46 | 人生



「原点が導くこれから」という感じでしばらく探り書きです。

by 三宅弘晃
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