照千一隅への道のり

カテゴリ:職人( 7 )

天才の調べ


山田忍さんの音に初めて触れたのは数日前のことだった。

初めて聞いた時から虜にされた。正確に言うと、初めの一音で心を鷲掴みにされたような気がした。

あの世に逝かれた人のことを無責任に論じる傲慢さは怖いと思うが、それでもどうしても書きたくなったので書こうと思う。忍さんお許し願います。




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たった一音、たった一つの和音、たった一つの打鍵、それで伝わるものがある。同じピアノ、同じ譜面、なのに違う音が鳴る。なんと面白く、なんと興味深いことではないだろうか。そんなことを改めて思った。

一緒に忍さんのCDを聴いていた妻も「この人の音は違う」と言う。違う人間が聴いても、伝わる凄みというものがあるのだろう。

同じドレミなのに、違うドレミが奏でられている。

上手いと凄いは違う。上手い人はちらほらいるが、凄い人にはあまり出くわさない。練習を重ねれば多くの人はいつか上手いにたどり着けるが、凄いにたどり着ける保証はどこにもない。

上手いは必然の範疇にあり、凄いは奇跡の範疇にある。

だから凄いに触れると無性に嬉しくなる。大げさに聞こえるかもしれないが、生きていてよかったなと思う。





山田忍さんは凄くて、しかも上手い人だと感じる。

音楽知識の乏しい私にはあくまでも推測でしかないが、おそらく忍さんのような人でも一曲の中ですべての音がパーフェクト!というものではないんじゃないか。これはバッハでもショパンでもきっと同じではないかと思う。

どの音も一つとして外すことはないが、それは全てが完璧という事ではなく、たまに「完璧!」という音があるが、全てがそうじゃない。「んっ」「おっ」「やっ」という音と、「イエス!」という音が入り混じる。誰でもそんな感じじゃないかと思う。

ただ山田さんのような人が一味違うのは、完璧であろうが無かろうが一音ごとの凄みが圧倒的であるという事に加え、弾いた瞬間に、その音が耳に入った瞬間に、その音を前提としてその後の曲全体の流れを、瞬時に再構成していくんじゃないかと想像されるのだ。

一音一音ごとに、曲の流れを作り替えていく。既に出てしまった音を無視しないで、例えその音が不本意であったとしても、その音を次にどう活かすかだけを考える。常にその時その時の最高の次の音を繰り出そうとする。頭で考えては追いつかない。手が、体が、ハラが自動的にその作業を繰り返す。一曲の中で何百回も何千回もそれが繰り返される。



常人ではこうはいかない。弾く前に曲のイメージを用意する。弾き始めたら、初めに用意したイメージに極力忠実に弾こうとする。練習通りに、先生に指摘されたことを忠実に弾こうとする。それが普通の人であろう。

少し熟練した人ならば、曲の最中に何回かイメージを軌道修正することができる。自分の調子、ピアノとの相性、ホールの響き方、客の反応などをみて、より好ましい流れへを演奏を軌道修正する人もいる。

しかし本当に上手い人はそうではない。

曲の途中で何回か・・・そんな甘いものではなく、一音一音ごとに軌道修正をかけ、新しい流れを作っていく。あの切れ目のないような音のつながりの中で、コンマ何秒という世界で確実に一音一音に軌道修正をかけて、結果的に全ての音が必然であったという世界を曲の中に創り上げ、最終的に自分の思い通りの楽曲に仕上げてしまう。そして観客を熱狂させてしまう。

本当に凄くて上手いという人はこういうことをしているはずである。山田忍さんの演奏を聴いて、私はまた考察を深めることができた。



上手いと凄いは違う。上手い人も必要だが、凄い人はなかなかに得難い。だからこれから何かに取り組もうという人には、上手さだけではなく、凄さという物差しも持って練習してみてほしい。また違う取り組みになるはずである。

もしその過程で山田忍さんのような人に出会ったら、きっとその時は、逃げずに挑んでほしい。己の限界に果敢に挑み、嫌というほど何千回と打ちのめされながら努力するのもまた気持ちよいものである。




私はそんなひたむきな努力を見つめながら・・・






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コーヒーでも淹れて忍さんの音楽を聴いていたいものである。












三宅弘晃

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・階段四股100丹
・四股300丹
・かちあげ四股100丹


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by wagoichi | 2017-03-19 21:09 | 職人

センスクイズ(初級)


弟子たちに出したクイズが、思いのほか苦戦しているようなので、皆さんと一緒に考えてみようという今日の趣向。

わごいちに通っていて丹足に興味のある人、千照館の門人の皆さん、各種アスリートや武道家の皆さん、ダンサーの皆さん、姿勢に興味のある皆さん、どうぞ私からのこのクイズに挑戦してみてください。



こういう下書きを描きました。
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ダチョウがクマを踏み解しているイメージカットです。



「なんだそれ?」という人はこちらをクリック↓







「こういう感じでかいたらどうや?丹足の動きが分かりやすいやろ。」

とこのイメージを描いて、あとは弟子の参尽にまかせたところできてきたのがこれ。




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もういちど。




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これが・・・・・





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・・・・これ?






「まあ、これでいいよ。」

とGO!をかけたけれど、本当は納得がいかない。踏み手のダチョウが全然違う。こんなのは丹足じゃないし、ろくな整体にはならない。



何が違うかわかりますか?

下のダチョウでは、ろくな動きが出来ないし、ろくな効果がでないのです。





どこが違うか考えてみてみましょう。

これはセンスを問う問題です。





答えが分かった人は、参尽のブログにメッセージをどうぞ。正解者には僕の本をあげます。

回答期限は今日中ね。















三宅弘晃

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・かちあげ四股500丹


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by wagoichi | 2017-03-16 12:00 | 職人

雪中休話 「どうしてこの酒がうまいのか」


送られてきた一枚の写真を見た時、「お?」っと思った。なんか俺、楽しそうや。なんでこんなに楽しそうに酒を呑んでいるんやろ。


気になって、ちょっと考えてみることにした。






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お相手は、御年二回り以上にもなる人生の大先輩、Sさん。

Sさんは我々わごいちの心と胃袋のサポーターとも言うべき人で、いつも贔屓にしてもらい、家族スタッフ総ぐるみでお世話になっている方。

昨年に両親からのご縁で知り合い、すぐに私はSさんを好きになった。Sさんも我々一同を気に入って下さり、以後過分なご厚意をいただいている。誠にありがたいお方である。



Sさんの経歴にも少し触れておく。

長らく会社勤めをされていたが、後に都市銀行の頭取になった偉い人に見込まれ、背中を押されて独立開業されたのが、かのバブル崩壊の1年後。時期も時期だけに散々苦労もされたが、持ち前の馬力と人懐っこさで不景気の中をしぶとく生き抜かれ、リタイアされた今は第2の人生を謳歌されている。


そんなSさんと、この時は何を話したかな。

確か・・・ふんだんに下ネタが混じっていたことは間違いがない。なんせ一升瓶がほとんど空いた呑み方だったので記憶が怪しいが、困ったことに下ネタだけは覚えている。内容は伏せておく。




ひとつ確かに覚えている瞬間がある。

たまたま話題が電通のことになって、電通をとりまく世間の風潮について、「電通ってそういうところですからね」と私がボソッと答えると、「そう、そういうこと!」とSさんが手を叩いた。ほんの短いやり取りだったが、2人で息が合った瞬間があった。

「電通はそういうところ」なのですよ。


私個人的には、電通のような会社はあまりイメージが宜しくない。

昔、電通じゃないけど電通によく似たタイプの会社と付き合いがあった時、あまりに態度が???だったので心底腹が立ったことがある。腹が立ってこれはいっぺん話をつけなあかんと思って屋上に呼び出したことがある。(昭和の人間にとって屋上と体育館の裏は特別な場所である)

なぜ屋上かと言えば、もし話がこじれて取っ組み合いの喧嘩になった時、神聖なる施術空間で暴れるのが嫌だったからなわけだけど、そのくらい腹を立てたことがあったもんだから、そういう類の会社のイメージは悪い。



がしかし、だからと言ってそういう会社を否定するつもりは全くないのも事実なのだ。

そういう派手好きで銀座を闊歩する会社があるから(もちろんそれだけじゃないのは言うまでもないが)、その為にモーレツに働くような会社もあるから、日本経済も元気になっているという側面もある。またそういうモーレツな会社が性に合って、そういう働き方じゃないと物足りないタイプの人間も沢山いる。

人間にもいろいろなタイプがある以上、会社も色々なタイプがないと困るのが道理。


でも幼稚な大人はそれがわからない。そういう目立つ会社の一側面をとらえて「あの会社は狂っている」と糾弾して、糾弾するだけでは飽き足らず、法律で一様にしばりつけて、行政に指導させようとする。

そういう風潮を見ていると、もしかして共産主義になりたいのか?と疑わざるをえない。



Sさんは多分、電通のような会社も真っ青なくらいにバリバリと働いてきた人だから、命を削るように働くことで初めて達成できる自己成長や、会社業績について豊富な体験を持っているんだと思う。だから電通のような会社を国が型にはめておとなしくさせようという動きが気にくわない。

私も気にくわない。

だからこまごまとこんなことを話さなくても、「電通はそういうところ」の一言で話が通じる。




もちろん働く仲間は守らなくちゃならない。家族や友人を守らなくちゃならない。でも守る手段は考えなくちゃいけない。法律や行政指導は最後の手段であって、その前に仲間同士で守り合う意識を、そして行動を高めていかなくちゃいけない。

「君にはその会社は合ってないと思うよ。」

と大学の進路指導担当や親や先輩が、一緒になって考える。

「最近様子がおかしいけど、仕事きついんじゃない?」

と上司や同僚、同期の仲間や同窓会でであった友達が注意を払う。

「ちょっとそれはおかしくない?もうちょっと詳しく聞かせて。一緒に今後のこと考えよう。」

切羽詰まった時には、誰彼とないおせっかいな介入もまた必要じゃないだろうか。




一人一人は弱いんだから、皆が皆で守り合う。国に頼ってばかりいないで、政治を責めてばかりいないで、自分たちでまず自分たちを守る、自分たちで自分たちを生かす、そういう意識と行動がどれだけ今の日本にあるか。

それができないからと言って、多様性を無視して法律にすべてを丸投げしても問題は解決しないし、なにより息苦しくてしかたがない。仕事上がりの酒もまずくなる。




電通は電通なりに、改めるところは改めて、電通で働く人たちが知恵を出し合ってよりよい電通を作っていったらいい。そういう会社に合う人が働けばいい。

「いやいや、僕は給料低くてもいいから、モーレツに働かなくていい会社にします」っていうのなら電通じゃないホワイトな会社に行けばいい。

大事なのは皆等しく法律に守られている働き方じゃなくて、自分が働きたいあり方を考えて会社を選ぶことで、もし会社におかしいところがあると思えば上司や同僚とざっくばらんに意見交換して善後策を考えることで、もしそれでもどうにもならないと思ったらスパッと退職届を出してまた違う会社でやり直すことじゃないかな。

はっきりと意見も言わず会社にしがみつきながらグジグジとしている大人が多くて、困っている人に無関心を決め込む大人が多くて、自分たちで動かないで法律と行政指導でなんとかしてもらおうという人頼みな大人達が問題なのであって、そろそろそういう風潮を打破していかんと、悲劇は無くならない。

そういう日本の会社体質を見限って整体院をはじめたおやじの率直な気持ちである。



若者たちよ。


電通はそういう会社なんですよ。色々な会社があっていいんです。

よくよく考えて仕事を選んで、納得できないことがあれば酒飲みながらとことん話し合えばいいんですよ。そうすれば大抵の問題は実は解決可能なんです。



仕事なんて理不尽なことだらけなんだから、だからこそ人と人がね、何度も何度もめげないで話し合うことで互いに成長していくわけです。それが仕事をする上での本当の醍醐味なんじゃないかな。


Sさんも私もそうやって仕事してきているわけです。だから酒が一際うまいのですね。



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三宅弘晃

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・四股300丹
・木刀100丹
・無呼吸木刀100丹


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by wagoichi | 2017-01-14 16:52 | 職人

玄人はだし

今日は2か月に1回の、わごいちスタッフのお楽しみ、蕎麦の日。

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「玄人はだしという言葉は、この蕎麦のためにある。」と言いたくなる達人の蕎麦を皆でいただく。

福井県勝山から蕎麦を仕入れ、ベランダの石臼でひき、客に振舞う。1日1組、4名までの限定蕎麦である。割したは20年以上継ぎ足しらしい。商売ではない。あくまで蕎麦好きの一心で20年以上蕎麦を打ち続けておられるご主人の蕎麦はまさに絶品である。


このご主人の蕎麦を食べるたびにプロとは何なのだろうか、と考える。

かつては少年野球チームのオーナー兼コーチをされていた。ゴルフの腕前はかなりらしい。独学で習得したハーモニカを手に老人ホームの慰問を続け、自宅工房で着物をリサイクルして行燈を作る。わごいちの行燈はこのご主人のところから2か月替わりでレンタルしている。

とにかく人を驚かせ、喜ばせ、笑わせるのが大好きなご主人である。こんなエネルギッシュで明るい人がいるものかと、いつも話していると自分もつられて元気になっているのを感じる。

そんなご主人が打つ蕎麦がまた旨い。私は蕎麦通というような者ではないが、このご主人の蕎麦より旨い蕎麦を知らない。


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聞けば、これまでうまい蕎麦屋があると知れば必ず食べに行ってきたそうである。食べに行き、蕎麦がイマイチならばつゆだけ飲んで帰る。つゆがイマイチならば蕎麦だけ食べて帰る。蕎麦もつゆもイマイチならば全部残して帰る。お勘定の際に「評判ほどじゃなかったね」と笑って言い残して帰るそうである。その代わり本当に美味ならば通い詰めて、丁々発止の会話を主人と繰り広げながら味を盗むそうである。

世の蕎麦職人のどれほどがこういう当たり前の努力をしているだろうか。


しかし何度も言うが、このご主人はプロの蕎麦職人ではない。無類の蕎麦好きなのである。

プロとは、職人とは何であろうか。





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〆の大盛取り分け親子丼。「今年の蕎麦粉の在庫が尽きたから」だそうだ。


蕎麦粉が尽きたらその年の蕎麦打ちはおしまい。他の産地の蕎麦粉で補ったりしない。商売じゃないんだから、蕎麦粉が尽きたら仕事仕舞いなのである。

プロの蕎麦屋ではそうはいかないよなあ。「蕎麦粉ないから、新そばまで店閉めるよ。」なんて言ってたら、そのまま永久に店を閉めたままになりかねない。店がつぶれないように利益を確保しながら、味を作っていかなくてはならない。ましてやこのご主人のように1日4人までなんてなかなかできない。

でもだからと言って、商売だからと言って、材料も手間も妥協してしまうプロが多すぎる様にも思う。「そんな手間かけてたら商売になんねーや。」「いい材料使いたいよ。でもいい材料使って利益出すのは無理だよ。」と言いながら、化学調味料を平気で使うプロが多いのもまた悲しき現実。



職人はやはり素人の延長にありたい。

あくまで素朴な興味から始めたい。はじめから稼ぐための仕事ではなく、まず興味から入りたい。興味を持ってやってみて、やってみたら難しくてでもそれが面白くて、やればやるほど発見とさらなる深みに直面して、もう益々どっぷりとはまり込んで、気が付いたら30年職人やってた、そういう仕事でありたいと思う。





近頃は本当にえせプロが多い。一見こだわり風のえせプロなんかも多いから余計にややこしい。本当のプロ中のプロはごくごく一部のように感じる。そしてそんな本物のプロが、一見素人の中に居たりする事もある。いや大いにありうる。実にややこしい(笑)。

こんなややこしい社会に暮らす私たちは、看板や評判に左右されず、大いに自分の眼を養って本物を見つける力をつけたいものである。グルメサイトの口コミ評価も金次第とされる時代である。何が正しいのかわからなくなってきている。

同時に職人志望者も、どう自分が修業を積むかはよくよく考えた方がいい。「だれでも2年で1人前に」なんてキャッチコピーにはくれぐれも要注意である。それはつまり「誰でもなれる程度の職人にしかなれない」と言っているわけだ。



「新そばきたら連絡するよ!」

と、ご主人の次のお誘い。


「君にもこの蕎麦を食わせてやるよ」

と私に言わせる若い才能が出てくる日を楽しみにしている。








弘晃

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by wagoichi | 2016-11-30 16:14 | 職人

二度とない仕事


「毎回違う施術をされますね」

と、お腹を揉まれながら話されたのは、子宮筋腫の悩みで最近通い始めた小学校の先生。

「そうですね。毎回おなかは違うし、この瞬間も刻々と変わっていっているし。それに合わせないと。」と応えると、「なまもの相手ですものね。」と納得された。


その先生は面白いことを話された。学校で子供をきつく叱らなくてはならないときは、手を握って叱るんだと。そうすると子供の納得の仕方が全然違うんだと。10年教師をやってきて、ようやくそういうことが分かってきたと。良い話だなと思った。

さらにこんなことも教えてくださった。

小学生でも低学年の子はべたべたと触って甘えてくるが、高学年になると男の子はベタベタできない。それでもベタベタしたい子は、「先生肩こってるやろ」とか言いながら肩を揉んでくれるそうだ。甘えたいのだが、男女の分別はついている。そういう中での肩もみだという。

「OLに触りたいおっさん部長と同じ構図ですね」

あまりにいい話過ぎたので茶化してそう言うと「せっかくのいい話なのに!」と叱られた(笑)。




先生も広い意味では職人である。子供をすばらしい未来に導く職人である。整体師ももちろん職人である。心身をすばらしい未来に導く職人である。

職人仕事はいろいろありどれも素晴らしいものであるが、人相手の、人と言うなまもの相手の職人仕事はまた格別なものである。

自分がしっかり仕事をして成長すれば、その成果は相手の人間に照射される。その光を受けた相手の変化がまた自分に気づきを与え、その気づきがさらなる成長の糧となってくれる。

職人仕事の醍醐味である。



職人仕事にマニュアルは要らない。成功体験は次への糧としながらも更新していかなくてはいけない。成果の中に立ち止まっていてはいけない。その反面、失敗は置きざりにしてはならない。必ず検証して克服していかなくちゃならない。

と書くと大変厳しい雰囲気がするが、厳しいからこそ、乗り越えた喜びはその職人のものとなる。



二度と繰り返しのない仕事の中で「生きている」実感を味わう。

それが職人を続ける一番の喜びじゃあなかろうか。










弘晃

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by wagoichi | 2016-11-28 15:16 | 職人

なぜ職人は低収入なのか

はた!と気が付いたのである。

はた!と膝を打ったのである。

なぜ職人は収入が高くないのに、平然と職人を続けていられるのか、その答えに思いが至ったからである。



職業間で凡その収入格差がある。

年収1千万円を超えるような職業と言えば、金融やマスコミや製薬や弁護士や医師などが挙がる。


昔、人に問われたことがある。「なぜ弁護士や医師は、高収入かわかるか?」と。

「わからない」と応えると、その人はこう言った。

「弁護士も医師も、普通は見なくていい人間の汚いところを見なくてはならんだろう。汚いこと相手の仕事してもらうわけだろう。だから敬意を表して先生と呼び、収入を高くしているんだよ。」

本当か嘘かは知らないが、妙に納得したことを覚えている。確かにそういう側面はありそうだし、そういうものならば「どうぞどうぞ高収入でいてください。」と納得もいく。

ちなみに多くの整体師は医師の高収入をうらやんでいるが、(実際には最近は苦しい医師も増えているそうだが、)整体師は医師ほどの汚れ仕事をしていないんだから、この論理でいけば、うらやむのは筋違いということになる。



同じ視点で見れば、他の高収入の業種も納得がいく。

例えば金融業。

金融業の本来の役割は、公共の資産であるお金が必要とされるところに滞りなく周るよう奔走し、経済の発展に寄与するものであろう。多くの金融マンはそういう目的意識でこの業界に入る。

ところが入ってみると、そういう綺麗ごとばかりではなかったりする。経営に苦しむ会社を見捨てて破産していく姿を見なければならない時もあるだろう。さらに債権回収で追い打ちをかけねばならないこともあるかもしれない。結果として社長が自殺するかもしれない。

自分個人としては嫌だと思っても、社命とあれば抗うことは難しい。


例えば製薬業。

薬は何のためにあるか。それは病人の苦しみを和らげるためにある。そう望んで製薬会社に入る。しかし入ると様子が変わる。わが社の薬より、ライバル社の薬の方が断然効き目があると知っている。でも「いやー実はライバル社の方が個人的にはお薦めなんですけどね。」なんて言おうものなら大変なことになる。

激しい副作用があり、効果はほとんどない、そんな抗癌剤の営業担当になってしまったら大変だ。副作用にうんうん苦しむ病人を横目に、医師にこの抗癌剤を売り付けなくてはならない。まわりまわって自分の親がその抗癌剤を使うことになってしまうとしても。。。。


どちらの例でも大変なストレスであろうと思う。「いつまでこんな仕事を続けるのか。」「俺はなんの為に働くのか。」そんなことを自問する日々ではないだろうかと想像したりする。

これも誰にでもできる仕事ではない。




一方、我々職人はどうだろうか。

うん、あまり高収入そうな人は居ないな(笑)。大抵皆、嬉々として、ちまちまと自分の仕事をしている。

例えば整体師やアロマセラピストにとっては「独立開業」というのが一つの夢の形なのだが、知っている限り独立開業者で年収1千万はおろか、年収500万を越える人もごく一部である。多くは生活に困窮している。(整体職人とは名ばかりの、マッサージチェーン社長は別である。)

親しくお付き合いをしている畳職人、音響職人、住環境デザイン職人、コーヒー焙煎職人、それぞれ社長をしているが、うーんあまり金持ちには見えない。(お前が言うなと言われそうだが。)

私が尊敬してやまない宮大工、故 西岡常一棟梁さんの自宅を訪問した人が、家のあまりの古さと傷み具合にびっくりした、と書いておられた。西岡常一といえば、法隆寺を修築し、薬師寺を再建して日本中にその名をとどろかせた伝説の宮大工である。が、その当人の家は質素の極みであったいう事実。 

だいたいの職人の生活はそんなもんである。これから職人を目指す人は、経済面ではあまり大きな期待をしない方が無難である。

が、それでも我らは、収入の高低に一喜一憂することは少ないのも事実である。生活の心配は一応しているが、さりとて収入にさほど囚われていない。


それはなぜかと考えて、はた!と手を打った。




もし仮に、全ての製薬会社が一斉に社員の年収を300万にしたらどうなるか。おそらく大多数の社員はその業界を去ることになるだろう。残るのは、ごく一部の高潔なる志の持ち主だけになるはずだ。

だから製薬会社の給料は高いのである。高くしておかないと社員を繋ぎとめておくことが難しいのだろう。

そう思い至った。



我々職人は、例え貧乏していても、食っていければ職人であり続けようとする。300万なら300万で暮すのみである。ただ問うのは、「自分の仕事を純粋に愛しているか」というその1点に尽きる。「これは自分の天職である」と思えたならば、それは何よりもの喜びなのである。

例えペンキまみれであろうとも、汗だくでヘトヘトに疲れようとも、納得と喜びのなかで仕事をさせてもらえているのが職人の世界なのだろう。



どの職業がいいとか悪いとか、そういうことを言うのではない。どの職業も必要な、誰かがやらねばならない仕事である。


ただ、


収入が大事と思うなら職人にはならないほうがいい。

「心から純粋に仕事をしたい」と思うなら、職人をするのがいい。


ということを言いたかっただけである。












弘晃

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・木刀200回
・四股200回


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by wagoichi | 2016-11-13 15:56 | 職人

職人~汚れ仕事~


父親はサラリーマンだった。


「国立大学に入り、一流企業に就職させる。それが親の仕事だ。」という父親の教育方針を尊重し、その通りの人生を送ってきた。



28歳でサラリーマンをやめた。


在職中も心のどこかでずっと転職を考えていた。寿司職人、そば職人、花火職人、和太鼓奏者、大工から果ては神主まで、いろいろな仕事を検討したが、やはり「職人の世界」に強く惹かれるものがあったようだ。



なぜ「職人」だったのだろう?


この世界に入ってみて思うが、「職人の世界」ははたから見るほどカッコいいばかりではない。修業は地道だし、孤独でもある。一流と認められればそれなりに尊重されるが、そこに辿り着くまでが長い。。。。!!

そもそも美容師でも、整体師でも、靴磨き職人でも、医師でも、職人仕事はある種の汚れ仕事である。お金をもらって傷んだり汚れた人様の体や道具を磨いたり直したりする。パーマ液で手にあかぎれを作りながら髪を整える。手に生魚の匂いをこびりつかせながらうまい寿司を提供する。木くずにまみれて立派な家を建てる。

パッと見た感じではカッコいいと思うかもしれないが、実際は一種の汚れ仕事。そういう見方をしておいたほうが、実際に職人になった時にびっくりしないで済むかもしれない。




整体師になって間もない頃、サラリーマン時代の先輩に「お前これからOLのねーちゃんの体、触りまくりやんけ。えーなあ。」と言われたことがある、懐かしい思い出。

言っておくけど、整体のお客さんはOLのねーちゃんばかりではない。おじいちゃんもおばあちゃんもおっちゃんもいる。

OLのねーちゃんが綺麗な体ばかりというわけではない。太ももはヒール歩きでむくんで、おなかは昨夜の焼肉でガスが溜まって、肌は連日の残業と睡眠不足でガサガサかもしれない。

大きな声では言えないが、触らないでいいなら触らすにいたいこともある。でもこれが自分の選んだ仕事。職人の仕事。




しかし職人仕事は、決して単なる汚れ仕事じゃない。

誠心誠意必死で5年、10年と修業を続けていると、汚れ仕事が綺麗な仕事に”変化する瞬間”が増えてくる。疲れてくたびれてやってきた体をピカッと光らせる仕事がだんだんとできるようになってくる。

おなかのガスが消え、太もものむくみ流れ、肌が滑らかになる。自分の手の中で相手の体が刻々と変化していく”手ごたえ”がある。

「ああ、この人はこういう美しい人だったんだ。。。」

と改めて相手の姿をまじまじと見つめなおす。その人の本来の美しさに見とれてしまう。

そして同時に、この美しさを引き出した自分の仕事に少々誇らしさを感じる瞬間でもある。

これが職人仕事の醍醐味じゃないかと思う。それまでの汚れ仕事も、長く厳しい修行もすべてが報われる瞬間である。歯を食いしばり諦めず歩き続けたからこそ味わうことのできる山頂の感動に近いが、年単位の修業ならその喜びは登山の比ではない。



この感動を味わったものは、もう職人が辞められなくなる。「どこまでいけるか。自分の限界を求めたい。」と。

仕事として認められ、お金も頂きながら、誰にも邪魔されず自分の可能性に挑戦することができる。年をとり体力が衰えても仕事を高めることができる。




一度はまったら、酒と職人はやめられない。











弘晃

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・四股300回








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by wagoichi | 2016-11-03 15:03 | 職人



ようやく癌解説2つ目完了。3つ目が・・・3つ目が大変なんだよ。テーマは決まっているが、どう伝えたらいいのか。。。。ああぁぁ
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