照千一隅への道のり

カテゴリ:丹練( 8 )

混然一体な稽古


4月と5月の千照館丹足稽古、全10回を無料開放しようという我ながら大盤振る舞いなイベントが今日から始まった。

体験者の方は何回来ても無料である。ついでに門人も自分の所属と違う稽古に参加しても良い、何度でも無料である。今日はエイプリルフールではないから本当の話である。

そんなイベントの第1回目が行われた。私は参加していないが、かなりの盛況であったようだ。




しかし、世の中タダほど怖いものは無い。

単にタダではない。我々にとってもこのイベントには大いなる悪だくみがあるのである。



e0359411_15050930.jpg


丹足法(たんそくほう)とは整体法の一種である。

丹足法の原型は、足圧法(そくあつほう)という踏みほぐしである。私はそれを桜井寛先生から学び、16年続ける中で徐々に似て非なるものへと進化させた。別のものであるから別の名前が必要であろうということで「丹足法」と名付けた。つまり私は丹足法の創始者である。




丹足法は海のようなものである。

深さは果てしないが、間口は広い。意外に誰でもそこそこ踏めるのである。実際に今日の体験会でも、初心者の皆さんがかなり上手になったそうである。



千照館はこの丹足法を学べる唯一の場であるが、立ち上げ当初は私が陣頭に立って指導していた。全稽古を私が担当していたのである。

一昨年より、この指導役を弟子である参尽と紙鳶にバトンタッチしてきた。1年前からは私は稽古場に出ることは控えるようになった。無楽稽古をのぞいては。

その流れからの今である。




門人にアンケートを取ってみた。

その中で、「師範(つまり私)の直接稽古に興味があるか?」という設問に対する回答集計は、「ある」と「少しある」が半分ずつで、「ない」は一人だけ。ほとんど皆が私の指導に関心をよせているらしい。



しかし、私は今のところ稽古場に戻るつもりはない。


e0359411_15142497.jpg

今回の体験会から、指導員は一人体制でいくことにした。これまでは参尽と紙鳶の2人体制であった。意図して指導サイドの厚みを減らしていっている。

指導員たちには、「これからは、これまでのように君らが懇切丁寧に教えるのは極力控えるように」と伝えてある。君らは見守り指導員である、と言ってある。




丹足法には基本の型がある。ハラの使い方も大事なポイントである。そこに最低限の指導は当然必要になる。しかし丹足にこれから挑む人たちに知っておいてほしいのは、丹足における正解がどこにあるか、ということだ。

これまでの千照館の指導は懇切丁寧すぎて(これは昨今の学びの風潮かも知れないが)、先生=生徒という対の関係が強すぎて、生徒と生徒の繋がりが弱くなっている。

皆さんによくよく知っておいてほしいのだが、丹足における正解を指導者はもってはいない。あなたとあなたが今踏んでいる相手の中にあるのである。踏み手と踏まれ手の二人の中に正解があり、それをともに探していくのが丹足法の醍醐味なのである。これをより一層しっかりと意識して丹足をしてほしい。

「先生、これでいいですかね。」と質問する前に、相手にまず「どうですか」「強いですか。弱いですか。」と聞いてほしい。「もうちょっとゆっくりと踏んでください」とリクエストをするのである。繰り返し繰り返し言葉を交わしてほしい。それが丹足なのである。

もちろん型が間違う場合もあるだろう。ハラを忘れて踏んでしまうこともあるだろう。そういう時もなるべく二人で「ちょっとおかしい気がするんですけど・・・」「そういえば・・・・」と声をかけあって欲しい。わからない二人がわからないなりに混然一体となって正解を探求して欲しい。それが丹足の稽古なのである。

指導員はそれらの試行錯誤をなるべく見守りたい。「違うよ」「こうだよ」と言いたいところをぐっとこらえて、試行錯誤を大事に見守りたい。体を痛めそうな踏み方をしていたりよほどの間違いであったりした場合を除いて、極力指導員は貝になる。愛情ある貝になる。そういう方向性に一歩進もうというのが、これからの千照館なのだ。




e0359411_15490655.jpg

これはかつての私の指導風景である。

こんな人間がいたら、踏んでいる相手とのコミュニケーションなど取りにくくてしかたがない。存在感が強すぎて、皆が私に正解を求めてしまう。





今回の体験会は、体験者と門人の混然一体となった探求の始まりとしたいというのが、我々の狙いである。

初心者を上手に導く力量を持った門人が、ちらほらと育ってきている今だからこそ始めようと思ったのである。

千照館は着実に道場として前進をしている。まだまだ紆余曲折があるだろうが、何事も挑戦というのはそういうものだろう。





e0359411_12481293.jpg


大事なことだから最後にもう一度記しておきたい。

丹足の正解は、踏み手と踏まれ手の中にある。

丹足に絶対の正解などない。おぼろげな正解を求めて、踏み手と踏まれ手が言葉を交わし心を通わせ、混然一体となって進んでいく。そういう稽古を千照館では模索してきたい。









三宅弘晃

080.gif今日の丹練
・四股200丹
・力士四股200丹
・かちあげ四股100丹


[PR]
by wagoichi | 2017-04-02 17:00 | 丹練

メジャーの真剣


日本のプロ野球をみて思うことがある。

賛否両論あると思うが、力のある選手がメジャーリーグに行くのは仕方がないなと、それが日本の野球界にどのような影響を及ぼすにせよ、心情的にはどうしようもないのだろうなと想像する。

同じホームランでも、140キロの直球を弾くのと160キロの直球を弾くのとでは手ごたえが違うだろう。快感が全然違うだろう。同じ160キロでもそこに込められたソウルによってその重みは違うだろう。

結局なぜ何年も何十年も野球一筋にやってこれるかと言うと、渾身の本気の、研ぎ澄ました本気の一球で相手をねじ伏せる時の、相手を打ち砕く時のその快感!!!!が欲しくて、もっともっと刺激的な快感!!!!!!!が欲しくて、そういう気持ちがどんどん湧いてくるからやめられないのではないだろうか。

その快感が日本では得られない、これ以上の快感は期待できない、そう思ってしまったらもう誰にも止められない。そういう心情ではないかと察する。


自分はなぜ第一線で整体を続けていられるのか。なぜ癌に挑むのか。あの絶望的な手触りの子宮筋腫をほぐそうと思うのか。なぜややこしい症状ばかりを自ら求めるのか。

それは相手が助けてくれと言うからである。先生しか頼るものがないというからである。普段隠している自分の本音をさらけ出して、弱さもずるさもさらけ出して、それでも助かりたいと頼んでくるからである。この真剣に応えたいと思わせてくれるのである。自分も真剣にやれると期待できるからである。普段抑えている真剣を、さらに奥の真剣を引っ張り出せるかもしれないと思うからである。

世の中、金が一番ではない。金で動く範囲など水面だけである。水面の奥底の、深い所をかき混ぜてうねりを作ることができるのは人の気持ちだけである。ソウル、本気、真剣、魂、そういう類のものだけである。

今WBCを見ている人は多いと思うが、その真剣勝負を楽しみながら「どうしてイチローはアメリカに行ってしまったんだろう。力のある選手は、日本を去ってしまうんだろう。」ということを考えてみることが必要だろう。これは決して野球だけの話ではないはずだから。

自分のソウルを込めた160キロをそれに負けないソウルで受け止めてくれるキャッチャーを、はじき返すバッターを求めるのが人間の心情というもの。去る人間を引き留めることは誰にもできない。できるのは自分がそういう人間のよきキャッチャー、バッターになることだけ。そういうものじゃないだろうか。











三宅弘晃

今日の丹練
・四股300丹


[PR]
by wagoichi | 2017-03-11 10:45 | 丹練

○○の文化



まずはこの写真を見てほしい。(全ての写真:代表撮影/ロイター/アフロ)



e0359411_22464002.jpg



何か感じないだろうか。。。。。




じゃあ次。



e0359411_22471278.jpg

どうかな。


これらの写真は、言うまでもなく今回の日ロ首脳会談のものである。

想定通りプーチンさんが(わざと)遅刻して、すっぽかされるんじゃないかとあたふたした末に出会えてホッとしている安部さんを手玉に取るの図。(詳しくは昨日の記事へ)


さて、この二人を見比べるとひとつ大きな違いがあるのだが、気付いた人はどれだけいるだろうか。。。。





わからない?


じゃあもう一度。
特別大サービスでヒントをあげるよ。



二人の「ハラ」に注目!!!


e0359411_22464002.jpg

はらはら


e0359411_22471278.jpg


わかったかな。





「ボヨン」と「ズシン」の違いが。



覚悟を決めているハラ。普段から鍛錬をしているハラ。そういうハラは「ズシン」とする。

「ボヨン」はその逆だから説明はしないね。




もともと日本人はハラの文化を持っていた。

何よりハラを鍛え、何事にも動じないハラを作ってきた。サムライが世界に怖れられたのも、日本人のハラの文化があってこそ。


でも今、ハラ文化はロシアに行っちゃったのかな。


ネットの反応を見ていると「プーチンはしたたかだ」なんていう声もあるようだけど、外交は友愛だけじゃできないんだから、したたかに、しかし相手の顔も立てながら、最終的に納得に持っていくのが外交でしょう。それにはハラがいる。ハラが弱い奴は終わってから負け惜しみを言うしかない。




でも安部さんだけがハラが弱いわけじゃない。

総体的に我々現代日本人のハラは弱くなった。ズシンとしたハラを持つ人間がほとんどいなくなって、皆ボヨンとしてきた。これまで1万人のハラを揉んできた私が言うんだから間違いない。ほとんど皆ボヨンとしている。


このボヨンは単に腹筋が弱いというだけじゃなくて、むしろその中身が問題になってくる。ハラの表面じゃなくてハラの中がボヨンとしている。

どうして中身がボヨンとしているかと言えば、ボヨンとした人生を歩んでるからだ。「我に七難八苦を与えたまえ」と天に祈った山中鹿之助は特別としても、現代のように上手に世渡りしようとばかりしているとハラがボヨンとしてくる。

ボヨンとしたハラはちょっと小突くとすぐに震え上がる。ボヨンはズシンに絶対に勝てない。小細工で勝ってもいずれひっくり返される。だからこういうハラをしていると、文字通りハラの座った仕事はできないものだ。

だからもっと我々は、今こそ我々は、今一度ハラを鍛えなくちゃいけないのだよ。




そんなことを念頭において、もう一つ見てみる?

ちょっと見えてくるんじゃないかな。


e0359411_22472681.jpg

どうかな。

ズシンとボヨンが見えたかな。全然違うでしょう?



今どきの日本人はハラが弱くなっただけではなく、ハラの見方も忘れてしまった。ハラを見ることがなくなった。

だから今日は特別に「ハラの文化比較」をしてみた次第だ。これからそれぞれの生活で、人生で、ハラと言うものにも着目して自他を見つめてみてはいかがだろう。きっとこれまで見えていなかったものが見えてくるはずだ。これ大事だよ。

ハラを見よう。そしてハラを鍛えよう。





ところでこの二人のおかげで、我が闘志に火が付いたのか、今日はとうとう1000丹越えを実現。

目標はまだまだはるか遠くだけれども、地道な丹練で我がハラは着実に強くなっている。


プーチンに負けてはいられない。日本人を舐めてもらっちゃ困るってやつだ。









三宅弘晃

080.gif今日の丹練
・四股900丹
・木刀500丹


[PR]
by wagoichi | 2016-12-15 23:28 | 丹練

鳥の一生 人の一生



つい先日のこと。

屋上でいつもの丹練をしていると、見慣れぬ小鳥がやってきた。渡り鳥だろうかスズメくらいの大きさで尾は長く、白と黒に染められた体が美しい。

何を思うか10メートルほど離れた金網フェンスの上でこちらを見ている。いつもは孤独な一人丹練に予想外の来客は心和ませ、丹練も一層の力が湧いた。

少ししてふと思った。「この鳥はもしかしたら不思議なのかもしれぬ。」と。




ー ー ー ー ー



何をみているんだ。

- 何をしているの?

丹練だよ

- たんれん?

そう丹練。体と精神を鍛えているんだ。

- なぜ?

なぜって体を強くするためだ。

- 体は強くしないといけないの?

そりゃあそうだろう。体が弱いと何もできない。

- 丹練しないと体は弱いの。

そうだよ。あたりまえじゃないか。

- あたりまえ? 僕らは丹練しないけれど、体弱くないよ。

そりゃあ、そうだろう。鳥だからね。

- 鳥だから?兎も猿も丹練しないね。人間だけは丹練しないと体が弱くなるんだ。

・・・

- 不思議だね。

・・・

- どうしてだろうね。

・・・・それは多分、君ら野生動物は生きていることそのものが丹練なんじゃないかな。

- 生きていることが丹練?

そう、君らは生まれた瞬間から自然の摂理の中にいる。外敵に狙われ、飢えや寒さに襲われ、常に命が危険にさらされている。そして実際にかなりの確率で淘汰される。

- うん、一緒に生まれた兄弟は皆死んじゃった。

君だけが残った。それは君が運が良かったからかもしれないけれど、生き残る強さがあったんだね。

- ふーん。

生き残る強さがあり、生き続ける強さがある。だから今生きている。

- ふうん。そういうものかな。

うんきっとそういうもの。しかもそれだけじゃない。

- まだあるの?

今この瞬間も君は心のどこかで身構えている。猫やカラスに不意に襲われる可能性だってあるんだよね。

- うん、それはそうかもしれない。鳶に蛇にイタチ。敵はいっぱいいるよ。意識していないけれどいつも無意識に警戒はしている。君にだってね。

そう、僕が仲良く話をしているふりをして、実は君を捕まえようと狙っているかもしれない。僕が君に襲われる心配はないけれど、君はそういう警戒もしなくちゃいけない。

- 襲われそうに感じたら、瞬時にばっと飛び立つんだ。

そう、そういう緊張感を君の体は常にはらんでいる。だから君は今この瞬間も丹練をしていると僕は思うわけだ。

- なるほど、ようやく君のいう丹練の意味が、そして君がなぜ一生懸命に丹練をしているかが分かってきたよ。

僕も君の体がなぜそんなに美しいか、その理由がちょっとわかった気がするよ。

- それにしても、、、

それにしても?

- 人間って面倒くさいね。自分たちで安全な暮らしをつくっておいてさ、安全すぎて気が緩んで体が弱って、それじゃあ困るから丹練して。なんだかおかしいや。

確かにそうかもしれないね。でもその代わりに、いつ死ぬかわからないって心配からは逃れられているけれどね。

- でもその割には、人間ってすぐストレスっていうね。意味わかんないや。

ふふふ。それは確かにそうだ。これは一本取られたなあ。

- じゃあ、そろそろ行くよ。

ありがとう、楽しかった。安全な旅を。

- ありがとう。頑張って強くなってね。


ー ー ー ー ー


e0359411_16051000.jpg


なんてな。






弘晃

055.gif: wagoichi◆excite.co.jp (◆を@に)
HP: わごいち(←クリック)

080.gif今日の丹練
・四股400丹
・木刀400丹


[PR]
by wagoichi | 2016-12-11 16:05 | 丹練

試練は買ってでもせよ


昨日から徐々に持ち直した体調も今日になって完全復活。

せっかくの貴重な2連休をほぼ寝て過ごす羽目になったのは少し惜しいが、仕事に影響が出なくてよかったよかった。薬で無理矢理抑えずに、自然治癒力で完治できて本当に良かった。

お陰で今朝からバリバリと整体している。



しかしあれは何だったのだろうか。

おそらく急性胃潰瘍の類だとは思うが、なにせ自分の体だけは何もわからないこのもどかしさ。もし胃潰瘍だったなら、よくも二日できれいさっぱり治ってしまったものだと思う。


食べ物は一切受け付けなかった。水を少し飲んだだけで痛んでうめいた。うんちもおしっこもろくにでない。胃腸が完全にマヒした状態でうんうんと苦しんだ。

右を向いて寝ても痛い。左を向いても痛い。上を向いても下を向いても斜めを向いても痛い。寝ているのも辛い。

でもそこで「どう向きに寝ても痛い!」と悲観するか、「右を上に寝た方が、左を上に寝るよりちょっとましかも!」と可能性を見出すかは大違いだと思う。

痛くても「さっきより微かに痛みがましになったかも」と思えるか。痛みが増えていっていても「いつかは必ず痛みのピークを越える」と思えるかどうかで全然違う。

もちろん可能な限り冷静なる状況判断があってこそだが、自分の気持ちを前に向かせる精神力を持っているかどうかで、病気の治りは全く変わってくる。



やはりあの1年半前の経験は大きかった。

距骨骨折を、手術もギブスもしないで治したあの経験は大きいと感じる。骨壊死というリスクの中で、自分の為すべきことを信じて養生し続けたことが、自分に何らかの精神力を付与したように思う。

やはり人間は試練の中でこそ成長する。試練を見据えたまま一歩一歩前進する中で精神力が作られる。そしてそれは確固たる自信となる。



日々の丹練も大きいな。

少々のことではゆらがない。俺は負けない。こんなことでは負けない、乗り越えてもっと強くなってやる。そういう自信がついてくる。雨が降ろうが槍が降ろうが続ける丹練が生み出す精神力は伊達ではない。


やはり人間には試練が必要なのだ。

ヌクヌクとラクラクと暮らしながら「強くなりたい」なんて虫が良すぎる。与えられた試練は喜んで引き受ける。与えられないなら、自分で自分に試練を与える。いざと言う時のために鍛えておく。

試練とは突然やってくるものだよ。その時にこれまで培った精神力が問われるんだね。

試練に背を向けてはいけない。あいつは野犬と同じで、逃げると喜んで追いかけてくる。人間そう簡単には死なない。だから前を向いてどっしりと試練を受けとめていけばいいのであって、そうすれば人間必ず強くなるものだね。










弘晃

055.gif: wagoichi◆excite.co.jp (◆を@に)
HP: わごいち(←クリック)

080.gif今日の丹練
・四股300丹
※やはり二日間寝続けると筋肉カチカチである


[PR]
by wagoichi | 2016-12-08 16:14 | 丹練

譲れないこと


わごいち通信は紙鳶が文章を書き、参尽が挿し絵のイラストを描く。

今回は紙鳶が実家で撮ってきた一枚の写真、甥っ子がおじいちゃんの背中を丹足する写真をイラストにしようと決定し、

さっそく描いてきた。


e0359411_17442081.jpg



「核が全く見えていない」と却下。

翌日までに描き直し。





e0359411_17440412.jpg


「核が語るメッセージがあべこべ」と却下。

翌日までに描き直し。






e0359411_17450173.jpg


ようやく写真と同じ声が聞こえてくる絵になった。


「あとはこの絵に未来への希望を描き加えよう。」

ということで、明日には完成の見込み。








ちなみに元写真。

e0359411_22320903.jpg


声が伝わるだろうか。





とか言いながら、実はここは整体院である。私たちは整体師の徒弟である。美術学校ではないし、私に絵心は全く無い。

それでもここは妥協できない。早く通信を皆さんに配りたいし、忙しい中で何度も修正する時間をとるのも大変だ。たかが6センチ四方のイラスト1枚にこれだけエネルギーを使うのか?

だけれども、あらゆる仕事の中には譲れないものがある。それは絵だって整体だって同じであろうと思うから、何度でもやり直させる。








ところで今日はとある芸術サロンにお邪魔した。

好きでお邪魔したのに、招待扱いして頂いて恐縮した。




ここはちょっと変わった場所だった。

なかなかない場所だった。

主催者ご夫妻や創始者の長年のおでっさん(お弟子さん)にもお話を伺ったが、なかなかいない人たちが集われている場所だと感じた。今の世の風潮に迎合しないで、自分たちが信じてきたものをなんとか守ろうとしていて、そういう人たちの想いが建物と言う無機質な構造物になんらかの影響をあたえているような、そんな場だった。

今こういう場があちこちで失われている。静かにめげない光をにじませる文化の場が、ピカピカでカラフルな商業施設に変わっていっている。この波にあらがうのは無理と思えるくらい強力な世の変化である。でもこの場はまだまだ譲っていない。広いホールに満員の140名の人を集めたのだから。



亡くなった創始者先生の方の経歴と共にご著書がホールに紹介されていて欲しくなり、在庫あれば分けてもらえませんかとお願いしたところなんとプレゼントしてくださった。「亡き創始者が三宅先生に差し上げろと言いますから。」と。

ああ、ありがたいなあ。

おお、重いなあ。

e0359411_23351982.jpg

他の人から施術中に、「先生はどうして丹練とか自分に厳しくできるのですか」と聞かれたことがあった。とっさにその時は「がんを治せるようになりたいからね。」と答えた。

まあそれも一つなんだけど、あとあとよく考えてみるに、自分は守りたいものをしっかりと守りたいんだなと思った。



わごいちは整体院だから、目の前のお客の整体をしていればいい。いい整体を上手な整体をして、コリや痛みをとっていけばいい。なるべく沢山の人の体をほぐすことを考えればいい。それ以上は誰も求めないし、ましてや抗っても仕方がない大きな世の流れに抗ってこんなブログ書いたり、道場や講演会やったり。何がしたいんやろ。


自分は何がしたいのか。


おかしいことをおかしいと言いたい。言っても仕方がないからとか、世の風潮と相いれないからとか、皆に白い目で見られるからとか、そういう理由で躊躇することはしたくない。そんな半分死んだような生き方をしたくない。守るべきものは守りたい。それしかできないが、そこは譲れない。

まあそういうことなんだろうな。その為には、譲らずに突っ張り切るには力がいるから、丹練をするんだろうな。

そんな風に思う。



大変だよ。逆風にたてがみをおったて続けるのは。

でもそうやってきた人もいっぱいいるわけで。だから今の日本の文化があるわけで。もらったバトンは引き継がんといかんわけで。


頑張りましょ。











弘晃

055.gif: wagoichi◆excite.co.jp (◆を@に)
HP: わごいち(←クリック)

080.gif今日の丹練
・四股400丹
・旋風木刀200丹


[PR]
by wagoichi | 2016-12-04 17:41 | 丹練

なぜ我々はしゃがまければならないのか


わごいちはしゃがむ整体院である。もともとしゃがむ文化をもっている日本においても、わごいちの”しゃがみっぷり”は異色ではないかと思う。


毎朝の仕事前の掃除。

四股を踏みながら数十畳の広間の掃除機掛け。床面によってほうき掛けと雑巾がけも行うが、すべてしゃがむ。

e0359411_14495767.jpg




しゃがんだままのアイロンがけ。


e0359411_14495690.jpg



布団の準備もすべてしゃがんで行う。

尻もひざもつかない。自分の体重は自分のおなかと内ももで支える。

e0359411_14495485.jpg

毎朝毎朝、仕事の前にこの作業を繰り返す。多少体調が悪かろうが、どこかが痛かろうが、これは毎日休まず繰り返す。数年かけて、彼女たちも随分しゃがめるようになってきた。

掃除の間、私は屋上で木刀振りと四股踏みをみっちりと。雨が降ろうが雪が降ろうがしゃがみに休みは無い。



最後に皆で朝のお茶を頂いて、お客を迎える準備は完了。

しゃがんでしゃがんで、いつものわごいちの朝になる。





しゃがむというのは力が居る。体を下げていく力、下げたまま支える力、そして再び上げる力。この3つの力がないとしゃがむことはできない。

しゃがむのは億劫である。力もいるし、動作が増えるし、気持ちもおっくうになる。だから皆なるべくしゃがまないように暮らしている。便所は洋式だし、食卓もテーブルとイスだし、掃除も料理も突っ立ったままで行う。なるべくしゃがまないように。しゃがむのは億劫であるから。


しゃがむということは、相手に自分を合せるということでもある。床掃除をするならば床に目を近づける方がよくゴミが見えるはずだ。子供を褒めるときは、しゃがんだ方が相手の顔をよく見ることが出来る。

わざわざしゃがむ。しゃがむ労力と手間を億劫がらずに、自分を低く相手に合わせる。なるべく相手より低く体を持っていく。これは相手への愛情であり誠意の現れでもありはしないか。


そう考えると、反対にしゃがもうとしない態度は傲慢にも映る。自分は楽をしたまま相手と付き合おうとしているようにも見える。現代はしゃがむ人なんて随分少なくなったから、互いに突っ立ったままでちょうど釣り合う。しかしそれは互いに楽なままの打算の付き合いではなかろうか。互いに楽で傲慢なままの関わり合いではなかろうか。




e0359411_16312100.jpg
私の考案した階段四股をやる(やらさせる?)妻と娘。

しゃがむ習慣を徐々に取り入れるようになった妻もだんだん変わってきている。穏やかで我慢強くなった。






日本人はしゃがまなくなった。

身勝手な日本人が増えたというけれども、それはしゃがまない人が増えた、つまりしゃがんで自分のことを支えることさえ覚束ない人が増えたからじゃないだろうか。楽な姿勢しか取れない。相手に合わせることができない。支え続けることが出来ない。

口ばっかりの日本人が増えてきた。調子のいい時は調子のいいことを言うけれども、ちょっと悪くなると自分ことに必死になる大人に随分出会う。しゃがめない人は傲慢の気があるようにも思う。相手に合わせて自分の高さを変え、支え保つ力が弱まっているように思えるね。


苦しくても自分を保つ力を、精神力を養いたい。だからわごいちはしゃがむ。徹底してしゃがむ丹練をする。

どうぞ皆さんもしっかりとしゃがむ丹練にお励み下さい。








弘晃

055.gif: wagoichi◆excite.co.jp (◆を@に)
HP: わごいち(←クリック)

066.gif今日の丹錬
・重刀200回
・四股300回

[PR]
by wagoichi | 2016-12-01 16:04 | 丹練

新しい稽古法~階段四股~

新しい丹練を発見。階段さえあれば誰でもトライできる気軽な丹練であるが、けっこう効く。


e0359411_18183561.jpg

やり方は簡単。足を開いて腰を落として、這うように階段を登るだけである。ふらついて後ろ向けに落ちないように、両手はちゃんとつく。




e0359411_18230440.jpg

父もトライ。多少腰が高くなるのは仕方ないが、73歳にしてこのトライにあっぱれである。今後とも安全第一で宜しくお願いしたいところである。


階段の上まで行ったらそのまま逆に下り、いったり来たりする。回数はふらふらになって階段から転がり落ちない程度まで。数をこなすより一回一回しっかりと腰を落とすのが大事。





見ていた娘も参戦。



大人より段差が大きく感じるはずなのに、子供のなんと軽やかに行くものよ。


ネーミングはひねらず「階段四股」としよう。
よく効く新しい丹練メニューが増えたのである。








弘晃

055.gif: wagoichi◆excite.co.jp (◆を@に)
HP: わごいち(←クリック)

066.gif今日の丹錬
・鉄砲100回
・四股200回
・階段四股100回


[PR]
by wagoichi | 2016-11-23 12:46 | 丹練



「原点が導くこれから」という感じでしばらく探り書きです。

by 三宅弘晃
以前の記事
最新の記事
千年の第一歩
at 2017-05-24 18:22
その12.エレキにビビッとや..
at 2017-05-22 14:34
その11.整体はしんどいものか
at 2017-05-20 21:26
乗り越えて仲間になる
at 2017-05-19 17:59
近頃の私(5/13)
at 2017-05-13 19:33
豆の教え
at 2017-05-12 16:08
型稽古の醍醐味
at 2017-05-11 16:11
その10.燕雀安くんぞ
at 2017-05-09 20:40
その9. 修行は愚直なるべし
at 2017-05-06 23:10
意気に感じて
at 2017-05-04 03:22
「丹足普及協会 千照館」設立案内
at 2017-05-01 20:34
「弘晃の野望」
at 2017-04-30 15:06
夢を共に
at 2017-04-29 14:00
祭りの開始
at 2017-04-28 21:58
その8.勝負どころ
at 2017-04-27 04:29
体温と肚温
at 2017-04-26 15:21
カテゴリ
検索
フォロー中のブログ
ブログパーツ
ブログジャンル