照千一隅への道のり

型稽古の醍醐味



期間限定の「直伝!丹足集中セミナー」も後半戦に突入した。

本セミナーでは一貫して「型」に基づいた指導をしている。



丹足トレーナーのミッションは、「正しい丹足を体得した上で、踏み合う楽しさを伝える」ということになる。

これまでの千照館稽古でも型は伝えてきたが、しかし徹底はしてこなかった。門人の人たちが我々指導者と同じに踏めるわけがない。だから多少型が崩れていても、その人なりの特徴を生かして楽しく踏むことが出来ればいい、という指導をしてきた。これまでの千照館はそれでよかったのだ。

しかしそれは指導を受ける側の話であって、指導する側になると話は変わる。




そもそも「型」は何のためにあるのか。

型には色々な意味があるが、今日はそのうちの1つだけ書いてみたい。それは「道筋をつける」というものである。


正しく型を実現しようと思えば、理論を知っておくだけではなく、その型を実現できる体を作っておかねばならない。丹足の場合であれば、ハラを中心に重心を低く保ちながら、粘り強く足腰を動かすことができる体でないと、正しい型は実現できない。

「私はこういう形のほうが踏みやすいの」でもいいのだが、それは未熟なその人の体に合った形であって、丹練された体が産み出す型には比べるべくもなく、丹足の本当の効力を引き出すこともできない。厳しい言い方をすれば「もどき」なのである。

丹足の正しく美しい型を実現するためには、普段からみっちりと四股を踏んで自分の体を鍛えることが必須になる。さらに稽古に参加して指導者の型を見てその動きを繰り返し自分の体に叩き込む、そういうプロセスが必要となる。

このプロセスに道筋を付けるのが、型の意味のひとつと考えることができるはずである。


まずセミナー生には毎日四股踏み300丹は必須と言ってある。

「型」を作り上げるには一朝一夕にはいかない。

だから型には価値がある。人を惹きつける美しさが宿る。






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かと言って、体験会に参加した素人さん達に「これが本当の丹足の型だ」と押し付けても何にもならない。まずは気持ちよく踏むこと。踏み合うこと。その楽しさを感じてもらうこと。はじめは楽しさが一番大事である。

でも「教える相手が素人だから自分もレベルが低いままでいい。」というのは絶対に違う。自分自身をたゆまず高めていきながら、指導の際には相手の立場に立って分かりやすくかみ砕いて導くのが、指導者の力量だと私は思う。

「本当は丹足はこうやるんだけどね、最終的にはこれを目指してほしいんだけどね、まあまずは難しく考えないでこうやってやると上手くほぐれますよ。」

というふくらみのある指導をできるような人材を育てたいと思ってセミナーをしている。



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認定試験は6月25日の夕刻から。

たかだか3ヶ月ですぐに結果が出るとは思っていない。それでもコツコツ丹練すれば必ず型が見えてくる。


いい意味で期待を裏切ってくれる人がいればいいな。









三宅弘晃


166.png今日の丹練
重刀100丹
四股400丹



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by wagoichi | 2017-05-11 16:11 | 整体
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「原点が導くこれから」という感じでしばらく探り書きです。

by 三宅弘晃
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