混然一体な稽古


4月と5月の千照館丹足稽古、全10回を無料開放しようという我ながら大盤振る舞いなイベントが今日から始まった。

体験者の方は何回来ても無料である。ついでに門人も自分の所属と違う稽古に参加しても良い、何度でも無料である。今日はエイプリルフールではないから本当の話である。

そんなイベントの第1回目が行われた。私は参加していないが、かなりの盛況であったようだ。




しかし、世の中タダほど怖いものは無い。

単にタダではない。我々にとってもこのイベントには大いなる悪だくみがあるのである。



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丹足法(たんそくほう)とは整体法の一種である。

丹足法の原型は、足圧法(そくあつほう)という踏みほぐしである。私はそれを桜井寛先生から学び、16年続ける中で徐々に似て非なるものへと進化させた。別のものであるから別の名前が必要であろうということで「丹足法」と名付けた。つまり私は丹足法の創始者である。




丹足法は海のようなものである。

深さは果てしないが、間口は広い。意外に誰でもそこそこ踏めるのである。実際に今日の体験会でも、初心者の皆さんがかなり上手になったそうである。



千照館はこの丹足法を学べる唯一の場であるが、立ち上げ当初は私が陣頭に立って指導していた。全稽古を私が担当していたのである。

一昨年より、この指導役を弟子である参尽と紙鳶にバトンタッチしてきた。1年前からは私は稽古場に出ることは控えるようになった。無楽稽古をのぞいては。

その流れからの今である。




門人にアンケートを取ってみた。

その中で、「師範(つまり私)の直接稽古に興味があるか?」という設問に対する回答集計は、「ある」と「少しある」が半分ずつで、「ない」は一人だけ。ほとんど皆が私の指導に関心をよせているらしい。



しかし、私は今のところ稽古場に戻るつもりはない。


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今回の体験会から、指導員は一人体制でいくことにした。これまでは参尽と紙鳶の2人体制であった。意図して指導サイドの厚みを減らしていっている。

指導員たちには、「これからは、これまでのように君らが懇切丁寧に教えるのは極力控えるように」と伝えてある。君らは見守り指導員である、と言ってある。




丹足法には基本の型がある。ハラの使い方も大事なポイントである。そこに最低限の指導は当然必要になる。しかし丹足にこれから挑む人たちに知っておいてほしいのは、丹足における正解がどこにあるか、ということだ。

これまでの千照館の指導は懇切丁寧すぎて(これは昨今の学びの風潮かも知れないが)、先生=生徒という対の関係が強すぎて、生徒と生徒の繋がりが弱くなっている。

皆さんによくよく知っておいてほしいのだが、丹足における正解を指導者はもってはいない。あなたとあなたが今踏んでいる相手の中にあるのである。踏み手と踏まれ手の二人の中に正解があり、それをともに探していくのが丹足法の醍醐味なのである。これをより一層しっかりと意識して丹足をしてほしい。

「先生、これでいいですかね。」と質問する前に、相手にまず「どうですか」「強いですか。弱いですか。」と聞いてほしい。「もうちょっとゆっくりと踏んでください」とリクエストをするのである。繰り返し繰り返し言葉を交わしてほしい。それが丹足なのである。

もちろん型が間違う場合もあるだろう。ハラを忘れて踏んでしまうこともあるだろう。そういう時もなるべく二人で「ちょっとおかしい気がするんですけど・・・」「そういえば・・・・」と声をかけあって欲しい。わからない二人がわからないなりに混然一体となって正解を探求して欲しい。それが丹足の稽古なのである。

指導員はそれらの試行錯誤をなるべく見守りたい。「違うよ」「こうだよ」と言いたいところをぐっとこらえて、試行錯誤を大事に見守りたい。体を痛めそうな踏み方をしていたりよほどの間違いであったりした場合を除いて、極力指導員は貝になる。愛情ある貝になる。そういう方向性に一歩進もうというのが、これからの千照館なのだ。




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これはかつての私の指導風景である。

こんな人間がいたら、踏んでいる相手とのコミュニケーションなど取りにくくてしかたがない。存在感が強すぎて、皆が私に正解を求めてしまう。





今回の体験会は、体験者と門人の混然一体となった探求の始まりとしたいというのが、我々の狙いである。

初心者を上手に導く力量を持った門人が、ちらほらと育ってきている今だからこそ始めようと思ったのである。

千照館は着実に道場として前進をしている。まだまだ紆余曲折があるだろうが、何事も挑戦というのはそういうものだろう。





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大事なことだから最後にもう一度記しておきたい。

丹足の正解は、踏み手と踏まれ手の中にある。

丹足に絶対の正解などない。おぼろげな正解を求めて、踏み手と踏まれ手が言葉を交わし心を通わせ、混然一体となって進んでいく。そういう稽古を千照館では模索してきたい。









三宅弘晃

080.gif今日の丹練
・四股200丹
・力士四股200丹
・かちあげ四股100丹


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by wagoichi | 2017-04-02 17:00 | 丹練