照千一隅への道のり

癌の3要件その1 癌と栄養


では予告通り「癌の3要件」について書いていこう。どうしてわごいちでは15年間、癌を完全に封じ込めているのか。その根拠について。まずは栄養面から話そう。

私の知り合いに福井でお米を作っている人がいて、その人から聞いた話がある。もともとは慣行農法といういわゆる農薬やら化学肥料やらをふんだんに田んぼに投入する世間一般の農法を実施していたのだが、思うところあり農薬や化学肥料を使わないなるべく自然の力を活かした農法にしようと決意された。が、しかし自然は甘くなく、土壌に農薬が残留していた当初の2,3年の間は上手くいっていたのが、残留農薬の効力が切れた途端に雑草がわんさか生えてきて、人力で雑草をひたすら抜いていくという苦役がはじまり、疲労困憊してしまったそうである。

しかしその時に助けが舞い降りた。たまたま近くに立ち寄った樹木医つまり木のお医者さんがいたので、自分の田んぼをみてもらったところ、「土が悪い」と即断されてしまった。以後どうやったら土の状態が良くなるかを研究を重ねられ、今では農薬なし、肥料も牡蠣殻など最低限の天然素材で、雑草も少なく美味しいお米をたくさん獲れる田んぼに作り替えられたそうである。

私はこの話は大変味わい深い話だと思い、ことあるごとに人に話している。できれば全国の医療関係者や病人に聞いて考えて欲しい話だと思っている。大地も大自然なら、我々の体も大自然である。文献やネットで情報ばかり集めていないで、もっと広く深い視野で自然と命を見つめれば体の見え方も変わるだろうにと、いつも思う。

私はハラを揉み続けて15年になる人間である。面白いのはハラを「肚」と書くことである。月へんは体の意味を持つから、「肚」は体の中で土の存在であるということだろう。実際に毎日沢山の人のハラを揉んでいる私の感覚では、この「肚」という漢字は全くもって的を得たものであって、ハラはまさしく人間にとって土そのものと感じる。異物(食物)を吸収し分解し発酵させ木々(肉体)の為の栄養に変える命の源が「肚」なのだから。

「ハラは肚」

食べ物を語る時に、健康を考える時に、まずこれを忘れては話にならない。そもそもの根源的な概念なのだから。しかるに現代の医学も栄養学も薬学も、この概念が決定的に欠落しているのはなぜだろうか。


病気になった時、人は食べ物と薬の情報を集めようとする。ネットや書物や専門家からのアドバイスを通して、病を治す薬を、食べ物を探そうとする。「あれを食べればいい。」「この薬がよく効く。」そういった情報をできるだけ集め、その中から自分が良さそうに思う情報を取捨選択し、体に入れようとする。その考え方はそれほど間違っているようには思えない。これだけ医学が進んで、これだけ情報が提供されている時代なのだから、その恩恵を活かそうとするのは当然のことだと思う。しかし問題は、あなたが手に入れる情報が果たして信頼に値するものかどうか、ということである。本当に人間の体を知り尽くしたうえで、特に大事なハラのことを理解したうえで精査された情報であるかということである。私はここにかなりの疑問を抱いている。

私のところに病を抱えてやって来る人たちは、一通り病院巡りをし、さまざまな健康情報を集めて試した末にやって来る人たちが多い。そんな人たちのハラに触れながら話を聞いていると、人ぞれぞれ実に様々な健康情報を持っている。あれもやった、これも試したと私の知らないような情報もいっぱい抱えてやってくる。よくもまあこれだけ情報があるものだと感心するわけだが、しかし結局のところ、それらの情報は役に立たなかったか、一時的に効いたけれどもやがて効果が無くなってやめたという話に帰結する。本当の事が知りたくて私のところにやってきたんだ、と言う。出回っている情報は最終的には役に立たなかったのだ。

これだけ様々な健康情報があり、様々な人が様々な努力をしているのに、なかなかこの世から病が消えない。消えないどころか癌になる確率は年々増えている。医学は進歩していると言いながら、医療費は年々増えていながら、情報はこんなに便利に得られるようになりながら、結局癌は増えている。毎年のように新しい治療法ができてきているのに、その努力を踏みにじるように癌の苦しみは我々人間社会を益々脅かそうとしている。

これはどういうことであろうか。


ひとつ実験をしてみると解りよいかもしれない。元気な花が咲いている植木鉢を用意しよう。そして翌日から毎日肥料をあげてみよう。良質の有機肥料を買ってきて、毎日欠かさず肥料をあげてみよう。量はせっかくだから贅沢に多めにあげてみよう。大事に大事に毎日欠かすことなく肥料をあげよう。さて一月後にこの花はどうなっているか。多分枯れているね。花は枯れ、葉もしおれ、全体に茶色くなっているだろうね。土のにおいを嗅いでみると、嫌な匂いがするはずだ。これは栄養過多で土が腐って枯れたんだね。海の赤潮と同じく、栄養が多すぎると生き物は死んでしまうんだ。

人間の体も同じ。栄養をどんどん取れば体は元気になると皆思っている。薬を飲めば病気は治ると思っている。熱が出たら栄養が足りないからだと言っていつも以上に食べたり薬を飲んだりする。すでに現代人の体は栄養過多なのに、過多すぎて熱が出ているかもしれないのに、そこに追い打ちをかけるように栄養を摂る。そして薬で無理矢理症状を抑える。これは肥料を与えすぎて弱ってきた植物に農薬をまき散らすこととどう違うと言うのだろうか。

なぜ我々は2人に1人が癌にならなくてはならないのだろうか。家族の半分が、友人の半分が癌にならなくてはならないのだろうか。医学が進歩しても、情報が充実しても増え続けて留まることを知らない癌を我々はどう受け止め、どう向き合ったらいいのだろうか。

わごいちに通う医療関係者の話を聞いていると、医療現場でハラを触ることはほとんどないらしい。検査は機械を通して行われる。検査結果はパソコンにデータとして出てきて、それを患者に伝える。あまりに沢山の患者を診なくてはいけないので、なかなか患者の顔をみてじっくり話を聞くということが出来ないという。ハラはおろか、体のどの部分にも一切触れないで診察が完結する事も多いという。癌には免疫力が大事ということはあらゆる医療関係者が知っている。その免疫力の多くは腸によって育まれているということもまた知っている。なのにハラを触らない。エコーの画像、CTの画像、血液検査のデータなどをみて「わかった」という。言わざるを得ない。なにがどこまでわかったのだろうか。

食事指導をする管理栄養士も、薬を処方する薬剤師も、まずハラに手を触れない。薬や栄養を受け止めるハラを触らない。触らないで検査データをみて「あなたの体にはこれとこれを”入れれば”いいですよ」と言う。「入れる」事には関知するが、その後入れたものが体内でどう変化していくかは関知しない。自分が処方したものが入っていく先のことをよく知らないまま食事指導をし、薬を出す。

今の進んだ医療は、ハラをみない。ハラに触れない。ハラに関心を持たない。逆に進んでいなかったはずの一昔前の医療の方がハラに手を触れていた。今でもベテランの老医師はハラを診ることがある。そういう老医師が癌を見つけることもあると言う。ハラに触れないということは、木をみて土をかえりみないということであろう。土が栄養過多で腐っているのに、木の弱り具合だけを観察して「この肥料を入れよ」「この薬剤を散布せよ」と言って、ますます土を腐敗させその生命力を弱らせていくようなことはないだろうか。

「ハラは肚」

この感覚をどれだけの人が持っているだろうか。ハラを見ずして体を語ることなかれ。命を育み、命を保つのはハラである。免疫力が腸にあるとようやく最近注目されるようになってきたが、そもそも免疫力だけじゃなく、消化力も吸収力も循環力も浄化力も昔から人間はハラで行ってきたのである。そのハラを軽視したまま、ハラに触れずして医学を進歩させようとも、情報を拡散しようとも、それらが病の、癌の核心を癒すことは甚だ難しいであろう。

もうおわかりであろうか。

世の中に出回る健康情報、栄養に関する情報などがその実トンチンカンであるということが。ハラを触りもしない人たちが作った専門知識を伝言ゲームでメディアやSNSが拡散しているのが今の健康情報である。更には癌ビジネスに群がる人たちの怪しげな情報まで交じってくるとどうしようもない。「腸を元気にする食べ物」「腸まで乳酸菌が届くサプリ」なんて類の情報も沢山出回っているが、すでに食べ過ぎで飽和状態のハラにそんなものを入れたところで腸が弱って全く逆効果であることがほとんどである。それを専門家もそうでない人もみな気付かない。ハラに触れないから気付かない。だから癌が増えていく。逆に言うとその事実に皆が気付いていければ、癌は確実に減っていくだろう。

わごいちでは徹底的にハラに触れる。ハラに触れ、ハラを揉みながらハラの状態をさぐる。炎症はないか。癒着はしていないか。どうして腫れているのか。普段どんなものを食べているか。それが臓器にどういう影響を与えているか。ハラの状態を会話で探り、施術で探る。腹筋の奥のハラの状態をできるだけ深く探って異常を感じ取り、その原因を特定していく。いきなり栄養を摂りなさいなんて指導はまずしない。ハラも疲れているんだから、休息を上手く交えながらハラをまず元気にしていく。栄養指導はそれから後の事なのだ。実はそれで十分癌は予防できる。15年間誰一人癌になっていないわごいちの実績がそれを物語る。

ハラは肚なのである。

食べ物を受け止め栄養に変えてくれるハラのことを思い遣り、ハラの状態に合わせた食生活を考える。決して専門知識を押し付けたりしないで、手で触れ状態を感じ取り、定期的に食生活とハラの状態の推移を観察しながらその人にあう食生活を模索していく。丁寧で息の長い取り組みが必要になるが、本来「栄養」とはそういうものであろう。サプリで栄養を何とかしようなどと言う考えそのものがハラへの軽視の現れではないか。そんなことではいつまでたっても癌と言うしっぺ返しをハラから食らい続けることになるだろう。



今日はわごいちの癌予防の3本柱のうち、「栄養」についてまとめた。次回は「運動」について書いてみようと思う。







三宅弘晃

080.gif今日の丹練
・四股500丹


[PR]
by wagoichi | 2017-01-17 16:11 | 教育
<< ちょっと一休みの「考えない旅」 雪中休話 「どうしてこの酒がう... >>



「原点が導くこれから」という感じでしばらく探り書きです。

by 三宅弘晃
以前の記事
最新の記事
千年の第一歩
at 2017-05-24 18:22
その12.エレキにビビッとや..
at 2017-05-22 14:34
その11.整体はしんどいものか
at 2017-05-20 21:26
乗り越えて仲間になる
at 2017-05-19 17:59
近頃の私(5/13)
at 2017-05-13 19:33
豆の教え
at 2017-05-12 16:08
型稽古の醍醐味
at 2017-05-11 16:11
その10.燕雀安くんぞ
at 2017-05-09 20:40
その9. 修行は愚直なるべし
at 2017-05-06 23:10
意気に感じて
at 2017-05-04 03:22
「丹足普及協会 千照館」設立案内
at 2017-05-01 20:34
「弘晃の野望」
at 2017-04-30 15:06
夢を共に
at 2017-04-29 14:00
祭りの開始
at 2017-04-28 21:58
その8.勝負どころ
at 2017-04-27 04:29
体温と肚温
at 2017-04-26 15:21
カテゴリ
検索
フォロー中のブログ
ブログパーツ
ブログジャンル