照千一隅への道のり

本分に生きる一年


すこし久しぶり。長らくぼーっとしていた。


少し長めの正月休みは家族旅行でゆっくりとした。温泉に浸かり酒を呑み、何も考えない時間を過ごした。何も努力しない時間を持った。年に一度くらいは空っぽの時間を持とうと思った。

私が何もしていない間にも、世間も、周りの人間も、その家族も、私の家族も、色々な出来事があったと聞いた。それぞれに悪戦苦闘しているようであった。

湯につかりながらじっと見守っていた。




温泉から見る空が美しかった。雲が様々な姿を見せてくれた。葉を落とした木々はじっと待っていたし、海は満々として穏やかであり、朝霧の立ち上る山は全く動かなかった。

空も雲も同じ姿を見せることは又とない。移ろいゆきながらも空は空であり、雲は雲だ。移ろいゆくのが移ろわないのが空であり雲であろう。

しかし山は動かない。動かないから山であり、動かないことが山である。

雲は雲として、空は空として、山は山として在る。

そんなことをぼんやりと湯の中で思った。




私たち人間にも、雲がいて、空がいて、山がいて、海がいるように思う。

雲のような生き方をする人がいて、空のような生き方をする人がいて、山のような生き方をする人がいて、海のような生き方をする人がいる。

自然界に雲と空と山と海が必要なように、人間界にも雲と空と山と海のような人が必要じゃないかと思う。

空があるから雲があり、雲があるから海があり、海があるから山があって、それぞれの存在がそのまま役割となって互いを生かし合う。その違いと繋がりこそが尊いと感じる。



人にはそれぞれ本分というべきものがある。本分とは持って生まれた素養と、これまでの人生で培ってきた人格によって見いだされる。そう考えるならば、人ぞれぞれの本分というものは思うように変えたりすることは難しい。生まれ持った素養は変えられないし、何十年とかけて作ってきた人格は一朝一夕には変わらない。

まだ10代の思春期ならばいざ知らず、40歳を超えればもう本分には逆らわず、自分の本分を知り、それを生かすことに努めないとなかなか生活が難しくなるのではないだろうか。


私の周りの人たちの出来事をみていると、あるいはニュースなどで世間の人たちを観察すると、どうにも自分の本分をまだ見いだせていない大人が多いように感じる。

雲が山を気取ったり、海が空になろうとしたりしていることはないだろうか。雲は雲として良き雲になるしかない。海はよき海になるしかない。それなのに、自分の本分が雲であることを知らず、友達の海に憧れて自分も海になろうと無理強いするときに、自分も周りも不幸を抱えることになるのではなかろうか。

だから私に相談に来る人たちには、その人たちがそもそもの本分を間違っているときには、「あなたは空じゃなくておそらく雲だよ。」と言ってあげることもある。「ああそうだったのですね。どうりで。。。。」とすっきりした顔になってくれると私も嬉しくなる。




実はつい最近まで、私も自分の本分を見つけ得なかった。

湯に浸かりながら、私は今の世間を想った。世間を想い、自分の本分を想った。



今の人間社会は、雲と空と山と海の違いをそのまま受け入れる度量が少ない、そんな風に思う。空は晴れ渡っていなくてはならないし、山が雲で隠れるとイライラする。周りのことを自分の思い通りにしようと無理強いする。

海があるから雲があることを、雲があるから空であることを、山があるから海が豊かになることを、それぞれの立場から相手の立場を思い遣ることを忘れそうな社会に我々は今生きている。

海の真ん中で山でいることは勇気がいる。青空に浮かぶたった一つの雲でいることは不安になる。皆と同じでありたい。皆と同じ中にいながら、その中で自由を謳歌したい。そういう人生を多くの人が求めている。



本分を自覚し、本分に生きようとする者にとって、今の世はとにかく生き難いものである。本分に生きようとする人間を過剰に崇拝したり、逆に卑下しようとする風潮がある。そしてその風潮を作っているのは、その人たちの無自覚なコンプレックスであると私は考えている。

本分に生きたいと願う人もいるのは知っている。しかしその人たちの多くは、今の時代に本分に生きることの難しさを予見し、ためらい、悶々としながら月日を重ねていることも私は知っている。

だから思う。今の時代に最も必要なのは、自分の本分を知り、自分の本分を貫く強さを持った人間であるということだ。人に何を言われようが、自分の本分を感じ取る純粋さと、それを信じて疑わない強靭さをもつことが大事だということだ。そんな人間が一人でも多くあらわれてくると、人間界も自然界に負けないくらいに多様性に富んだ強くて美しい社会を作っていくことが出来るんじゃないだろうか。


私はこれから自分の本分を力いっぱい育てていこうと思う。それが結果として周りの応援になるならば、何よりであろうと思う。そんな1年を今から始めようとぼんやり考えた。



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三宅弘晃

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by wagoichi | 2017-01-10 16:01 | 人生
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「原点が導くこれから」という感じでしばらく探り書きです。

by 三宅弘晃
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