プーチンは食わねど高楊枝


武士は誠に大変である。

戦時の主役である彼らも、平時においてこれほど無用の長物はない。「万が一の戦争に備えて」あるいは「抑止力として」存在し、平時においては何も生産せず、ただ皆から食わせてもらっている。

「あいつら必要なのか?」と陰口を叩かれることもあろう。太平の世で収入は減り、生活は次第に窮乏し、金に困ることもあろう。それ見たことかと札束で顔をはたこうとする金貸しもあろう。あわれみ食べ物を恵もうとする農民もあろう。

しかしその際に「俺は困っていないぜ」と、高楊枝を咥えて平然と構えているのが武士たる者の心得である。


なぜか。


それはなめられたら終わりだからである。相手になめられたら武士としての存在意義がなくなる。町人や農民に哀れまれたら、いざという時に武士として立てなくなる。敵が不意に攻めてきた時に皆が武士を頼らなくなる。頼りのなくなった町人や農民は、オオカミに襲われ四方八方にただ逃げ惑う羊の群れのごとく化し、敵に蹂躙されること必定である。これでは武士の仕事が全うできない。

万が一の確かな守り人として、武士は平時から威厳を保っておかねばならないのだ。

その心得を叩きこむために、自分の仕事を全うするために「武士は食わねど高楊枝」と自分に言い聞かせ、空腹に耐えたのだと思う。私がとても好きな言葉の一つである。




整体師も似たようなものである。

いくらリピートが欲しいからって「お疲れですね。自分の体にもご褒美を与えてあげてくださいね」なんて歯の浮くようなリップサービスは気持ち悪いだけである。

例えお客に嫌われ収入が減ろうと、毅然と「そんな生活習慣では病気になりますよ」と言うのが整体師の仕事である。言うべきことを言い、技を駆使してお客の健康を守るのが仕事であって、整体師が威厳を失ってはお客の体は守れない。

整体師も食わねど高楊枝である。楊枝を高くくわえ腹を空かせ、必死で腕を磨くのである。




いや、今は整体師のことはいい。

どっちかというと今私が興味があるのはロシアのプーチンさんである。




大変なのは本当はロシアのはずだ。

西側諸国の制裁で、資源価格の低迷で、経済はガタガタである。

日本経済もなかなか大変とはいえ、ロシアほどには困ってはいない。日本も北方領土の問題を解決はさせたいが、今現時点で本当に困っているはずのロシアがどうしてこれほど優位に交渉を進めているのだろう。誠に不思議、を通り越して見事である。



思うにプーチンさんは「武士は食わねど高楊枝」を決め込んでいる。

「俺は別にどっちでもいいんだぜ。あんたらが話し合いをしたいんなら、金次第では相談にのってやるぜ。でもあんまり甘えたこと言っちゃあ破談にするから気をつけな。」

このようなスタンスでプーチンさんは、歴史に名を残したくて焦る安倍さんを手玉に取り、政権に追従し騒ぐだけの日本のメディアを翻弄している。

プーチンは見事だ。流石に体を鍛えているだけのことはある。一方の安部さんは。。。。お腹に難病を抱えながら大好物のアイスを食べている。

残念だけれどどこれでは逆立ちしても勝ち目はない。




「武士は食わねど高楊枝」


仕事が戦いであるならば、政治家も経営者も官僚も会社員も職人も、皆武士の様なものであろう。

であるのに、皆目先のことばかり心配している。仕事は首にならないか。会社はつぶれないか。周りの評価はどうか。年金はもらえそうか。目先の心配ばかりして、誇りや威厳をもって自分の仕事に向き合う人が少ないように思う。

当面の先行きが不安でも、いちいちじたばたしないでドンと構えていればいいのである。人生そういう時も必ずある。命までは取られない。またいずれ機会はやってくる。それまで腕を磨いておけばいいのである。

焦ることは何もない。目先の利益や不安に振り回されては、人間がちっぽけになってしまう。


腹が空いたまま楊枝を高く高く掲げる。それもまた人生ではなかろうか。









三宅弘晃

080.gif今日の丹練
・階段四股200丹
・四股300丹


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by wagoichi | 2016-12-14 17:29 | 人生