照千一隅への道のり

呑み同志


わごいちではしばしばスタッフで吞む。


仕事上がりに院で呑むときは、あり合わせのアテでとっておきの酒を吞む。昨日は蕎麦と生ピーマンで頂き物の酒を呑んだ。豪華な料理があれば嬉しいが、無くても全然平気なのがわごいちの呑み会のいいところ。


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最近サラリーマンのおやじさん達の、嘆きを通り越した諦めのフレーズをよく聞かされる。

「最近の若いもんは誘っても飲み会には付き合いませんわ」

「僕らの若い時は上司や先輩に誘われたら絶対に行ったもんですけどね」

おやじさんたちの気持ちが痛いほど分かる。

しかし同時に、若いもんの気持ちもまたよくわかる気がする。





4年間のサラリーマン生活で、何度も上司や先輩に飲みに連れて行ってもらった。とりあえず新卒1年目は金を出させないという男気のある先輩も何人かいて、何度も先輩たちにご馳走になったりしながらお付き合いさせて頂いた。


楽しいことも面倒なこともあった。


新入社員と言うのはある意味便利屋で、話題も提供しなくちゃいけない時もあるし、馬鹿にならないといけないときもあるし、それが出来ないと「使えん奴だ」と先輩になじられることもあるし、その間も先輩や上司たちの追加注文にも走らなくちゃならないし、その辺の手配の段取りが悪いと「使えん奴だ」と叱られたりする。

しかしそういう中で仕事のヒントをもらったり、勘違いをそっと諭してもらったり、違う職場の人と打ち解けてその後の仕事がしやすくなったりと、呑み会の効用とでもいうべきものも確かにあった。



が、それでもやっぱり「あの呑み会は楽しかったか?」と言われると、素直に「はい」とは言えない自分がいる。

さらに今時となると、もう散々な感じがする。声だけ大きいがそんなに楽しそうでないのだ。居酒屋で周りの会社員達のテーブルを見回してみるに、「あのテーブルに入りたいか?」と訊かれると、「いやだ」と絶対に拒否したくなるような呑み会がよく目につく。

どうにもこうにも今どきの会社員の呑み会がつまらない、そんな風に思う。大きなお世話だろうが。

そんな時に考える。もしこの呑み会のメンバーが若き日の松下幸之助や本田宗一郎のごとき人物であったなら、どうだっただろうか。大盛り上がりで人がどんどん集まってくるんじゃなかろうか。




呑み会の一番のアテはなんだと思う?


料理は一番のアテにはならないよ。

これまで料理自慢のお店や友達の呑み会に参加してきたが、それはそれで美味しくて幸せなのだが、それで終わりになることも多いのである。

「これ美味しいね。」「これも美味しいね。」「どうやって作ったの。」「これはねぇ、食材を特別に取り寄せてねえ。」なんて話も楽しいし一時の話題にはなるが、それだけで終わってやっぱり物足りないのである。そういう呑み会(食事会)はいずれネタが尽きたら飽きてくる。そういうもんである。

やっぱり話題が大事だろう。

呑み会の話題として時事ネタや世間話から始まるにしても、徐々に話は交わり時にぶつかりながらも人生の核心に迫り深まるような、そんな議論が一番の呑み会のアテになるように思う。

「なんで働くのか。」「この会社は社会の中でどういう役割を担うべきだろうか。」「従業員家族の幸せってなんだ?」「働く喜びって何だ。」「どうすればこの会社が良くなるか。」「その為に自分がすべきことはなんだろう。」

こういう議論が盛り上がる呑み会が、はたして今の日本にどれだけあるだろうか。何パーセントかはあるのだろうか。

この議論を深めていこうと思えば、それぞれが仕事と人生について常日頃から考えていなくてはならない。果たして、そんな会社員がどれだけいるだろうか。


「会社の利益」と「自分の評価」


現在の多くの会社員はこの二つに囚われているように感じる。会社が儲かってちゃんと給料を貰えることが大事。自分が頑張った分だけ評価されて、給料や昇進に反映されることが大事。それだけ。家族や社会は会社と完全に切り離されている。家族には生活費を持って帰り、社会には税金を払えばいい。それだけ。


もし仮にそういう人たちが集まって呑み会をしたところで面白いはずがない。評価とかお金の話になると愚痴になるし、じゃあ違う話題はというと、もう同僚や取引先の誰かの噂話くらいしかネタがない。そんなネタをアテにしても酒がうまいはずがない。議論も深まらない。たまになら面白いかもしれないよ。でも毎週毎週そんな薄っぺらい話じゃあうんざりだよ。



せっかく生まれてきたんだから、この限りある人生を有意義なものにしたいというのは、誰もが持つことを許される願望であり、その形としての「志」であると思うのだが、しかし今の会社の多くは、この「志」を抑圧こそすれ、認めて伸ばしてくれるようなことは滅多にしない。

そんな会社の呑み会に、新入社員が参加したいと思わないのは至極当然のことだと思う。本能的につまらなそうと分かるんだろう。だからここはおやじさんさん達にもよく考えてほしいし、同時にただ無気力に会社にしがみつくだけの新入社員も残念に思う。



私は4年で会社を去り、自分で開業して、小さいながらも二人の従業員を預かっている。そして時折皆で吞む。

馬鹿話もするが、呑み会を通して基本的に我々は同志であると感じる。上司と部下、経営者と従業員、師匠と弟子、いろいろな関係性をもってはいるが、基本的には私は彼女たちを同志だとみなしている。

それぞれの人生を豊かにするために、それぞれの人生を賭けて世に貢献するために、自分たちはどう歩むべきか、その中で自分はどういう歩みをしたいか、それぞれの「志」をアテに吞みながら飽きることなく話を重ねる。

共に呑み、志をぶつけ合い、さらに前に進み、また呑む。この繰り返しによって我々は一歩一歩前進していっているように思う。






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会社から呑み会が消えるのは、その会社にとって危険サインではなかろうか。会社が「志」を語る場では無くなりつつある、そんな暗示ではなかろうか。

呑み会は無くしちゃいけないと思うな。例え酒が飲めなくても、美味しいアテが無くても、「志」さえあれば呑み会はおいしく成立する。そういう呑み会が実は一番楽しいんだよ。







弘晃


080.gif今日の丹練
・四股400丹
・階段四股100丹

080.gif昨日の丹練
・四股500丹
・木刀100丹


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by wagoichi | 2016-12-13 16:36 | 戯言
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「原点が導くこれから」という感じでしばらく探り書きです。

by 三宅弘晃
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