子供顔・大人顔


出勤時の子供との会話がおもしろい。


昨日、前を歩くサラリーマンの後姿を見ながら、「私、パパみたいな仕事がいいねん。」と言う。

「なんで?」と聞くと

「会社でずっと座って働いたり、怒られたりするの嫌やねん。」と応える。

「じゃあ、パパの仕事はどう思う?」と重ねて聞く。

「なんかなぁ、まろやかでしんせん~って感じがするねん。だからパパの仕事のほうがいいねん。」

そんな小学2年生の娘の将来の夢は、他に歌の先生・ピアノの先生・ペットショップ店員・パンダの飼育員と続く。



ちなみに今朝はこう。

「パパ、仕事楽しい?」

うん、楽しいで。すごく楽しいで。と応えると、

「でもパパ、仕事頑張りすぎたら熱でるからな。気をつけてな。」



キラキラと澄んだまっすぐな子供の目に、その感性に時にびっくりさせられる。思わぬところで大人は子供に見られている。

その反面、大人は子供を侮るところがある。「どうせ子供だから」と大人は高をくくるが、実際子供はそんな大人を冷静に観察している。そして大人が思うよりも的確に、大人が思い至らないような真実をも見つけ出すことがある。

子供の眼はきれいだ。きらきらして本当に色々なものが見える。



娘と別れると電車に乗る。いわゆる通勤電車である。

世界が一変する。居並ぶ目目目目が死んでいる。小さな目を世界いっぱいに広げている子供を見た後で、互いに焦点を合わさないようにしながら狭い空間でひしめき合う大人たちに出会う。

綺麗に化粧をしているが、肝心の表情が死んでいる。パリッとしたスーツを身にまとっているが、しぐさに品がない。若者は寝ぼけ眼でコンビニ袋からパンを出してかじっている。そんな狭い車内にはどこにも微笑みがない。感情と個性を押し殺した空気が充満している。


ああ、いつから人間はこうなるのだろう。

あの小学校低学年のあふれ出る好奇心とはじけるような笑顔は、いつこの殺伐とした顔になってしまうのだろう。どういうタイミングで、どういうきっかけで、どういうメカニズムで、人間はこうもつまらない顔になっていくのだろうか。



子供の目のままに大人になることが不可能であるのは知っている。

でもだからと言って、大人の顔はつまらない顔で仕方がない、と開き直るのもまっぴらごめんである。

子供とは違っていても、大人なりに大人だからこそのキラキラした目をして生きていくことに何の問題があるだろうか。



あきらめないでいこう。

あきらめては、そんな大人の後を追う子供があまりにも可哀そうであるから。









弘晃

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066.gif今日の丹錬
・四股200回
・重刀200回


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by wagoichi | 2016-11-05 21:48 | 教育